1971年 11月20日

はっぴいえんど「風をあつめて」松本隆と細野晴臣がドタバタでつくった世紀の名曲

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はっぴいえんど のセカンドアルバム「風街ろまん」がリリースされた日(風をあつめて 収録)
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はっぴぃえんど「風をあつめて」何度も蘇る、初めて聴いた時の情景


ある音楽と、それを聴いた時の情景が、まるで映画の1シーンのようになって、脳裏に刻まれていることがありますよね。その音楽を聴くたびに、律儀にフィルムは再生されて、何年経っていようと、その時の自分に戻れてしまう。ちょっと幸せな現象です。

“はっぴいえんど” の「風をあつめて」は、私にとってそんな1曲です。初めて聴いたのは高校時代。『風街ろまん』の発売が1971年で、その時点では高校2年ですが、発売後すぐだったかどうかは定かでないので、3年だったかもしれません。ある日の午後、ラジオをつけたまま、部屋で転がって、半分寝ているようなぼんやりした気分の中に、この曲が流れてきたのです。

すごくよかった。季節もよく憶えていませんが、サアッと部屋が明るくなったような気がしました。そして、その時の部屋のようす、天井の雨のしみや陽の当たる畳などが、記憶のフィルムには鮮明に記録されています。もしかしたらいつのまにか脚色されているのかもしれませんが。

小中学生の頃は、音楽と言えばテレビの歌番組ばかりでした。高校受験のための勉強のお供として、ラジオで深夜放送を聴くようになって、初めて洋楽に触れました。“ビートルズ” も名前は聞いていましたが、好きになったのは、その頃毎晩流れてきた「Let It Be」が最初。奥手!だけど、やはり衝撃的でした。それまでほぼ歌謡曲と演歌しか聴いたことなかったんですから。好きな歌もたくさんあったけど、基本的に虚飾の世界。それに対してビートルズは本音を表現していると感じさせてくれました。音楽に本気で感動したのは「Let It Be」が初めてだったと思います。

そして、日本の音楽で初めて、同様の感動を味わったのが「風をあつめて」だったのです。偶然、そしてたった1回、ラジオで聴いただけなのに、「風をあつめて」は私の中に強い印象を残しました。

「風をあつめて」に感動した理由


でも、そこから、この曲について、あるいははっぴいえんどというバンドについて、掘り下げることはしませんでした。若い頃の私はそんな感じだったんです。その音楽は好きで何度も聴くんだけど、周辺情報には興味がなかった。「Let It Be」が流行っていた頃にやはり好きだったのが、「恋のほのお(Love Grows)」でしたが、友達とそれぞれシングル盤を買って貸し合おうとなって、私が買ったのは「恋のほのお」のほうでした。彼らがスタジオミュージシャンを寄せ集めたでっち上げバンドだったことを知ったのは、ずっとあとになってからです。

かっこよく言えば、感動の感覚だけがだいじだったんです。他の曲を聴いてもなぜか感動しないから、感動する曲だけを聴いていたかった。ジャンルやプロデューサーどころか、同じアーティストの他の曲にもそれほど興味を持ちませんでした。そのくせ、なぜその曲に感動するのかということも考えなかったなぁ。のほほんと生きてたんですねえ。

ただ、その感動の感覚は、やはり記憶のフィルムとともに残っているので、あとから観察はできるのです。「風をあつめて」に感動した理由を分析してみます。

たぶん、まず、「サウンド」ですね。今は意識して、各楽器が何やってるんだろう? なんて聴き方をしますが、当時はもちろんそんなことはできず、単に漠然と聴いていただけですが、この曲のサウンドが持っている、おだやかで落ち着いた「空気」が、とにかく心地よかった。新鮮で独特で、それまでの日本の音楽とはまったく違っていた。まだ、“バッファロー・スプリングフィールド” や “モビー・グレープ” やジェイムス・テイラーなど、はっぴいえんどが意識していた音楽を聴いたことがなかったから、よけい耳に新しかったのかもしれないけど、もし知っていたとしても、感動の量は変わらなかっただろうと思っています。「風をあつめて」はそれらを凌駕しているから。

で、次に私を強く惹きつけたのが、メロディと歌詞と歌唱です。この曲ではその3つが見事に結びついて、小さな宇宙をつくっている。キザな言い方かもしれませんが、いい音楽って、そういうイメージが浮かびませんか。

その中でも特にインパクトが強かったのがやはり歌詞かな。「風をあつめて…蒼空を翔けたいんです」以外は、ふつうの歌ではまずお目にかからないような、画数多めの漢字の言葉ばかり。今の感覚だと、ちょっと奇を衒っているとも思ってしまうかもしれませんが、「路地」「路面電車」「緋色」「碇泊」「珈琲屋」「衣擦れ」…詩文としての意味は抽象的ですが、各単語の響きと字面とが、高校生の脳みそと、70年代の初めという時代の空気に、妙にしっくりきましたね。

名曲の裏にストーリーあり。大瀧詠一と鈴木茂を呼ばなかったわけ




さて、こんな完璧なポップス、さぞ練りに練って、時間をかけてつくられたのだろうと思っていたら、実はかなりバタバタものだったようです。この曲にまつわるエピソードを列記してみます(参考:門間雄介著『細野晴臣と彼らの時代』 / NHK『名盤ドキュメント』2014年12月30日放送)。

・細野さんは、はっぴいえんどの1stアルバム『はっぴいえんど』の頃は、作曲に自信がなかった。声も低く、うまく歌えないことも悩みで、その自分の歌に相応しい曲をどうやってつくればいいのか分からなかった。『はっぴいえんど』では、細野さんにしては高い音域でがんばって歌っているが、「手紙」という曲は、自分の曲と歌が気に入らず、録音したがボツにした。ただその「手紙」の歌詞(もちろん松本隆)にあった「風を集めて」という言葉はすごく気にいっていた。
・ジェイムス・テイラーを聴いて、真似てボソボソ歌ってみたらうまく歌えた。自分の声にはこういう曲をつくればいいんだと開眼。
・『風街ろまん』のために「夏なんです」を作曲。ジェイムス・テイラーの影響が強く出ている(ギターフレーズは “モビー・グレープ(Moby Grape)”「He」だけど…)が、細野さんはこれで自信を得た。
・松本隆はある日、喫茶店のトイレに「てふてふが一匹 韃靼海峡を渡って行った」(安西冬衛の「春」という詩の一節)と落書されているのを見て、「手紙」の詞の書き直しに着手した。
・「手紙」改め「風をあつめて」のメロディはレコーディング直前までできなかった。できていなかったので大瀧詠一と鈴木茂はスタジオに呼ばなかった。だから松本さんのドラム以外のすべての楽器を細野さんが演奏している。
・コード進行を考えて、アコースティックギターとドラムを録り、ベースを重ね、オルガンを重ねても、まだメロディはできなかった。スタジオの廊下でやっとできて、すぐ歌った。
・すぐ歌ったために、「起きぬけの」が、ほんとは「シシシラソ」なのに「シシラソソ」と歌ってしまっている。

『名盤ドキュメント』で、松本さんが「まぐれでできた世紀の名曲」と語り、細野さんは「だから、いまだに僕、この曲歌えない」と笑っていましたが、この発言は冗談ではないらしいのが、2006年に発売されたDVD『東京シャイネス』の初回限定盤の「Bonus Feature 2:きょうも風をあつめて」という動画を見ると分かります。細野さんが一人でギター弾き語りをするのですが、何度も何度も間違えてしまう。6回目のトライでようやく最後まで歌えたんですが…! 「世紀の名曲」と言われる自作曲を、こんなに間違えて、しかもそれを公開してしまうというところが、細野さんらしいですね。

松本さんのドラムがぶっつけ本番だった、というのも驚きでした。私の感動の源であるこの曲のサウンドの「空気」における最大の貢献要素は、松本さんのこの、スネアのタイミングがほんの少し後ろな、味わい深いドラムにあると思っていますから。

えてして、名曲にはそれぞれにストーリーがあって、できるべくしてできたというよりは、いろんな偶然があって、たまたま生まれたということが多いような気がします。言わば人力を超えたものがそれをもたらしたようなものだから、多くの人が惹きつけられるのかもしれませんね。

松本隆が予言「日本語詞でも海外に通用する」


この「名盤ドキュメント」の2014年末の時点でも、この曲が海外に広がっていて、外国人が日本語で歌っているという話をしています。1970年前後の日本では、「ロックは英語で歌うべき」と大マジメで主張する人(故・内田裕也)なんかもいて、そんな中、はっぴいえんどは最初に「日本語ロック」を確立したことで知られているわけですが、実ははっぴいえんど内でも当初そういう議論はあったようで、細野さんが松本さんに「日本語の歌詞で全世界に通用すると思うか?」と尋ねたそうです。それに対し、松本さんは「否定はできない」と。「どんな小さな確率も追求すれば、あとで夢がかなう」と嘯き、日本語詞にこだわる姿勢を崩さなかったといいます。

そんなこと当時堂々と言えた人、他にいなかったんじゃないかと思いますが、考えてみれば、私だって、細かいニュアンスは分からない英語の歌に感動するのだから、その逆もあって当然なんですよね。

それ以降も、いろんな外国人が「風をあつめて」のカヴァーをしていますが、私が今いちばん気に入っているのは、Josh TurnerとCarson McKeeという宅録白人デュオによるもの。YouTubeで観れます。カヴァーと言うよりコピーですが、もちろん日本語の発音には非の打ち所がないし、原曲の「空気」も見事に再現しています。これは、2006年の細野さんバージョンより、断然ちゃんとしています(笑)。
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2022.07.09
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カタリベ
1954年生まれ
ふくおかとも彦
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