デビュー曲「戻っておいで・私の時間」で感じた竹内まりやの魅力
私は前々から、竹内まりやの魅力は “声” だと思っている。
子どもの頃から伊東ゆかりのアルトヴォイスがとても好きだった。「小指の想い出」や「恋のしずく」といった歌謡曲よりも、「あなたしか見えない」のようなバラードや、『Sound Inn “S”』でアメリカンポップスやジャズを歌っているときの伊東ゆかりが好きだった。年齢を感じさせない、とてもチャーミングな声に、子どものくせに聴き惚れていた記憶がある。
竹内まりやが「戻っておいで・私の時間」でデビューしたとき、ラジオから流れる歌声を聴いて「伊東ゆかりに似てる!」と思った。英語のフレーズを流暢に歌いこなすところもソックリだと感じた。
10曲中5曲がアイドル提供曲のセルフカバー「REQUEST」
その後、河合奈保子や中山美穂、薬師丸ひろ子などのアイドルに曲を提供するようになったが、あの声でその曲を歌っても、きっとその世界観は変わらないだろうから、いつかセルフカヴァーして欲しいなぁ… と思っていた。
そんな私の願いを汲み取ってくれた… わけではなかろうが(笑)、それが実現したのが、7枚目のオリジナルアルバム、そして結婚から復帰して2枚目となるアルバム『REQUEST』である。10曲中5曲がセルフカヴァーで構成されている、なかなかに "おいしいアルバム" でもある。
このアルバムがリリースされてから35年、当時かなりヘビロテしていたので、私なりに曲に対する思いなどを記してみた。ただし、夫君の山下達郎によるサウンドプロデュースについては、詳しく語れるほどの知識を持ち合わせていないので、そこらへんはご容赦いただきたい(笑)。
恋の嵐
1986年に放送されたTBS系ドラマ『となりの女』の主題歌。「もう一度」が主題歌だった『くれない族の反乱』と同じ大原麗子が主演だった。自分の夫(桑名正博)と隣の家に住む親友(范文雀)が不倫してしまうというストーリー。范文雀と桑名正博の短いベッドシーンがあったりして、なかなか刺激的なドラマでもあった。
歌詞はドラマの内容を考慮したと思われるが、3連の軽いタッチで展開するメロディなので、不倫というムードをほとんど感じさせない。この曲をきっかけにまりやは不倫をテーマにした曲が多くなったような気がする。
OH NO,OH YES!
1986年、中森明菜に書いた曲のセルフカヴァー。これも明らかに不倫がテーマ。しかもよく読むとなかなか深みにハマっている不倫、という感じがする。
明菜ヴァージョンは主人公に憑依しているのに対して、まりやヴァージョンはストーリーテラーといったところだろうが、明菜ヴァージョンよりもアーバンかつアダルトな雰囲気が漂っている気がする。「テアトル」「ファーマシー」といったワードのチョイスがシャレている。
けんかをやめて
1982年、河合奈保子に書いた曲のセルフカヴァー。私が奈保子ファンだから… かもしれないが、二人の男を弄んでおいて、「私のために争わないで」と懇願するという、なかなかに身勝手な女性の心情をピュアに表現できるという技は、奈保子じゃないと難しいと思う。
まりやヴァージョンがピュアじゃないとまでは言わないが、ご自身も「私が歌うと傲慢な女性に聞こえるのは何故か?」ってなことをおっしゃっていた記憶。
消息
セルフカヴァーでもタイアップでもない、このアルバム唯一の書き下ろし曲。別れて消息がわからなくなった彼のことを思うも、新しい恋に出会っていることを知って嫉妬心を抱いてしまう主人公。
登場人物がどういう境遇なのか詳しく描かれていない分、共感できる女性は多いかもしれない。ミリオンセラーになったアルバムだから曲の知名度はあるはずだけど、存在感があまりないのがもったいない。
元気を出して
1984年、薬師丸ひろ子に書いた曲のセルフカヴァー。透明感のある薬師丸ひろ子が歌っていたイメージを全く壊していない。失恋して落ち込む友人を励ます内容の曲だが、「人生はあなたが思うほど悪くない 早く元気出して あの笑顔を見せて」というフレーズは、失恋だけでなく、学校や仕事でトラブルを抱えて落ち込んでしまったときなど、様々なシチュエーションにおいても心に響く。
そして曲ラスト、夫君の山下達郎と薬師丸ひろ子によるコーラスは何度聴いても癒される。あの部分を聴くだけで、「さぁ、前を向いていこう!」と背中を押されている気持ちになる。
駅
1986年、中森明菜に書いた曲のセルフカヴァー。夫君が明菜ヴァージョンを酷評していたという話もあるが、まあそれはそれとしてあえて触れないでおくことにする(笑)。「OH NO,OH YES! 」同様、まりやはストーリーテラーに徹している。だからこそドラマとしてあの哀しいシーンに入り込める気がする。
服部克久氏アレンジによる間奏のストリングスが哀しさに拍車をかける。最初はメロディをなぞるようなフレーズだったのを、達郎が違うフレーズに、とお願いしたところ、15分であの泣きのストリングスが出来たのだとか。
テコのテーマ
アニメ映画『時空の旅人』の挿入歌。映画の主人公のあだ名が「テコ」、タイトル通りそのテーマである。当時映画のことを全く知らなかったので、お好み焼きを食べるときの「てこ」(いわゆる「へら」。関西では「てこ」または「こて」と言う)のことしか頭に浮かばなかった(笑)。ポップなメロディに載せた英語の歌詞が心地よい。ジェイク・H・コンセプションのサックスがたまらない。
色・ホワイトブレンド
1986年、中山美穂に書いた曲のセルフカヴァー。ミポリンとは全く声質が違うが、まりやのアルトヴォイスがポップなメロディにとてもよく似合っている。この曲や森下恵理に提供した「Hey! Baby」や、広末涼子に提供した「MajiでKoiする5秒前」など、ティーンエイジャーのアイドルソングも違和感なく歌えるところが素晴らしい。
夢の続き
第一印象は、後にシティポップブームのきっかけにもなった「プラスティック・ラブ」みたいだな、と。打ち込みメインのデジタルサウンドが前向きな歌詞に合っている。当時私はピアノ調律師として楽器店に勤めていたのだが、向かいにあったレコード店でこの曲がしょっちゅう流れていた。このまま仕事を続けてもいいのかと悩んでいた頃で、「重い扉の向こうはいつでも青空さ」という歌詞には幾度となく励まされた。曲ラスト、達郎のコーラスで歌われる「Just believe someday you'll find your hard time is gone.(いつの日か辛いことが無くなると信じて)」というフレーズにもずいぶん助けられた。
時空の旅人
アルバムを締めくくるのは全歌詞英語によるスケールの大きなバラード。アニメ映画『時空の旅人』主題歌。FENCE OF DEFENSEの北島健二によるギターソロが印象的。映画にはタイムスリップが出てくるのだが、「時を越えてきっと再会できる 未来はいつも二人を待っている」という意味の歌詞が、生まれ変わってもまた必ず巡り会えるとも解釈できて、とても深い愛を感じる。後に「セルフ・コントロール」などがヒットした歌手、ローラ・ブラニガンがカヴァーしていた。
―― このコラムを書くにあたり、久しぶりにアルバムを通して聴いてみたが、サウンドはもちろん、私が好きな声も今と変わらず、全く色褪せない。
オリジナルアルバムではあるが、知名度の高い曲のセルフカヴァーがあるので、ベストアルバムとして楽しめることもできる内容かと思う。私と同じようにあの頃ヘビロテしていた方も、何曲かは知ってるけど… という方も、リリース35周年を機に、新たな気持ちで聴いていただきたいと思う。
▶ 竹内まりやのコラム一覧はこちら!
2022.08.12