1980年代を代表するソウルディーヴァといえば、ホイットニー・ヒューストンをおいて他にいないだろう。デビューしたときから、彼女が本物なのは明らかだった。「グレイテスト・ラヴ・オブ・オール」でのスケールの大きな歌唱はその証だったと言えるし、その才能は年々輝きを増していった。 母親がスウィート・インスピレーションズのシシー・ヒューストン、歳の離れた従姉妹にはディオンヌ・ワーウィックという恵まれた音楽環境で育ったホイットニーは、愛くるしいルックスとスタイルの良さもあり、申し分ないスター性を備えていた。 とはいえ、最初は大切に扱われ過ぎているところがあった。デビューアルバム『そよ風の贈りもの(Whitney Houston)』は高いクォリティーながら、21歳の女の子の作品にしては大人びており、どこか背伸びをしているような印象を受けた。 セカンドアルバム『ホイットニーⅡ ~すてきなSomebody(Whitney)』は、その反動からか年相応のポップな作品だったが、それはそれで無理をしているようにも感じられた。このときまだホイットニーは自分の個性を確立できていなかったのだろう。デビューからの数年間、彼女は音楽業界の大物と呼ばれる人達に囲まれながら、真の意味で「本物」になるための逡巡を繰り返していたように思える。 そんな彼女がきっかけを掴んだのは、セカンドアルバムからの2枚目のシングル「恋のアドバイス(Didn't We Almost Have It All)」だったと思う。スタジオヴァージョンはまだよそ行きな出来映えだったが、変化の兆しは感じられた。そして、僕が本当に胸を打たれたのは、この曲のライヴ映像を観たときだった。 ここでのホイットニーの歌は熱唱と呼ぶにふさわしいものだ。恋人と別れる直前の気持ちを歌ったバラードだが、曲が進むにつれ高まるヴォルテージは痛ましいほどで、この6分あまりの間に彼女は心の殻を破り、本当の自分をさらしていく。これはその瞬間の記録だ。 曲の後半に見せるホイットニーの表情、身振り、投げかける視線、すべてに圧倒される。そして、カメラがロングショットで彼女をとらえると、あたかも自分が会場にいるような錯覚を覚えるのだ。それほど、このときのホイットニーの歌声は生々しい。 その後、ホイットニーは文字通りの全盛期を迎える。彼女にしか歌えない歌を、堂々と歌い上げるようになる。そのピークが1992年の「オールウェイズ・ラブ・ユー(I Will Always Love You)」と主演映画『ボディガード』の大ヒットだった。あのとき彼女のアーティストとしての地位は揺るぎないものに思えた。 しかし、ドラッグとスキャンダルが、その輝く翼をはぎとっていくことになる。2012年2月11日、ホイットニーはホテルの浴室で倒れているところを発見され、そのまま息を引き取った。享年48歳。 ホイットニー・ヒューストンが「恋のアドバイス」を歌っていたとき、10代だった僕は遠く離れた場所で、彼女と同じ時代の空気を吸っていた。今でもたまに思い出す。そして、感謝するのだ。 なにもかもが過剰で眩しかったあの時代にも、心揺さぶる本物の歌がちゃんとあったことを。※2017年11月23日に掲載された記事をアップデート
2019.08.09
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YouTube / whitneyhoustonVEVO
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