サンプリング機能を持ったカシオの電子キーボード “SK-1”
皆さんはカシオの電子キーボード “SK-1” を覚えているだろうか。
“サンプルトーン” と名付けられたSK-1は、それまで高級機にしか無かった、人の声やペットの鳴き声、身の回りの音などを取り込んで音色として演奏する “サンプリング機能” を、ミニ鍵盤32鍵のコンパクトなボディに積み込んだキーボードだ。そして定価16,000円という低価格で発売されたこともあり、電子楽器では桁違いの100万台を売る大ヒットとなった商品である。
そのSK-1が発売されたのは1986年、自分が中学1年生の時だ。当時の自分は、レベッカやBOØWY、The東南西北などに触れてバンドサウンドに憧れがあり、友達と楽器屋を巡ってはカタログを集めて眺める日々で、鍵盤楽器売場で見かけたSK-1にも当然興味があり、欲しいなって気持ちがあったのだけど、ピアノを弾けるわけでもないのに、ファミコンソフト約4本分のSK-1を親にねだるのはハードルが高く、結局「ファミスタやゼビウスを買うほうがメリットがあるわ」と思い、SK-1への気持ちはフェードアウトとしていったのだった。
それからしばらくの時が流れ、すでに中学2年生になっていたある日、クラスメートの1人がどうやらSK-1を持っているらしいという噂を耳にした。すっかりSK-1熱が冷めているはずだった自分だったが、その時には、どうしても試してみたかったことがあり、めちゃめちゃ仲が良かったわけではないそのクラスメートに頼み込んで、SK-1を貸してもらうことに成功する。
TM NETWORK「Self Control」のサビを再現したい!
その当時の自分は、TM NETWORKのアルバム『Self Control』にどハマリしていた。「Don't Let Me Cry(一千一秒物語)」や「All-Right All-Night(No Tears No blood)」といった疾走感あるナンバーのA面から、「Fighting(君のファイティング)」「Time Passed Me By(夜の芝生)」としっとりしたバラードの続くB面へ… というアルバムの構成、そして中二病真っ只中だった自分に突き刺さる、少し青くささの残る歌詞… 全てがお気に入りだった。
その中でもアルバムの表題曲でもあり、シングルカットもされた「Self Control(方舟に曳かれて)」は、不思議な独特の世界観で描かれるMVの影響もあり、大好きな1曲になっていた。
そう!自分がSK-1で試してみたかったのは、この「Self Control(方舟に曳かれて)」のサビの部分で繰り返される「♪ Self Control」というセルフコーラスの部分だったのだ。
こうしてSK-1を借りることに成功した自分は、さっそくサンプリングに取り掛かった。録音ボタンを押して、宇都宮隆になりきって歌ってみる。
♪ Self Control
録り終えて、ワクワクしながら鍵盤を押してみると、そこからは、
♪ セ~ル~フコ~ントロ~~ル
ジャイアント馬場が「僕にも弾けた~」と言っているかのような低音でゆっくりしたボイスが鳴り響く!「何だこれは!?」と思い、高音のキーを叩くと、
♪ セル… ロル!
一転、早口言葉のような高音が!
小室哲哉の “DX7” と同じようにいくはずもなく…
サンプルトーンを触ったことがある方はわかると思うが、録音した音を電気的に処理して音程を作っていくために、キーとスピードを合わせるのが難しいのである。実際の曲のような透明感のある高音で鳴らすには、少しゆっくり目に録音しなければならないのだ。
そして、もうひとつの壁がレスポンスである。どうしても録音が開始されるタイミングと歌い出すタイミングにズレができ、また当時の技術の限界もあって、キーレスポンスと音の出るのにタイムラグが出てしまう。
それでも試行錯誤を繰り返し、何度もチャレンジを試みるが、どうしても上手くいかない…「これでOK!」と思って、カセットテープに合わせて弾いてみると、全然宇都宮隆になってない!
まぁ普通に考えれば16,000円のキーボードが、小室哲哉のYAMAHA DX7と同じようにはいくはずがないのである(笑)。結局、完璧に再現することはできずに、TMの偉大さだけを身にしみて感じただけに終わったのだった。
あれから30数年が経ち、いまやスマホでもサンプリングが簡単にできる時代になりました。ただ当時の人気商品だけあって、SK-1は今でもヤフオクやメルカリに出品されているのを見かける。それもファミコンソフト2本分ぐらいの値段で。あの頃叶わなかった
♪ Self Control
…に、改めて挑戦してみるのもアリかも知れない。
2020.12.27