秋の夜長、何度も読み返している江戸川乱歩の短編集を読むのが好きだ。あらすじもオチももうわかっているのに、その単語に、文章に、展開に、背筋も心もゾクゾクする。
『人間椅子』なんて、作中に出てくる手紙の出だしをそらで言えるくらい読んでいるのに、何度も読みたくなる。この「人間椅子」という漢字四文字の配列だけでも、衝撃的で官能的だ。これを創出する乱歩はすごい。
そして、この漢字四文字を名乗るすごいバンド「人間椅子」のことを思い出した。
人間椅子を初めて見たのは、1989年のイカ天こと、『三宅裕司のいかすバンド天国』だった。ベース・ボーカルの鈴木研一が「ねずみ男」のような衣装で登場。イロモノバンドなのかと思ったら、とてつもないテクニックで聞いたことのない歌を演奏するヘビーで硬派なハードロックバンドだった。
審査委員の伊藤銀次やオペラ歌手の中島啓江も、うまいと絶賛していた。気味の悪さも、テクニックも、他のバンドとは一線を画していた。
その時演奏した「陰獣」も、江戸川乱歩の小説のタイトルだ。歌の内容は、この小説からインスパイアされたような胸糞悪い単語がふんだんに散りばめられている。作詞も手掛けるギター・ボーカルの和嶋慎治の頭の中はどうなっているのだろうと思った。
森の木陰でドンジャラホイ
シャンシャン手拍子足拍子
小人の宴で吹く笛は
破瓜の涙と血の音色
盲いた獣を呼び出せ
邪教の儀式に狂えるまま
陰獣
このような日本語を、鈴木が津軽弁のイントネーションで、変な目つきで、コブシを効かせ、吠える、唸る。歌詞の意味はわからなかったが、どこかに自分を持っていかれた。それはこの世ではない、「彼岸」な感じ。
ギター、ベース、ドラムの3ピースそれぞれの奏でる分厚い音と歪みに身をゆだねるトランス感…。イカ天では「文芸ロック」と名付けられていたが、文芸もロックも越えた、祈祷や密教儀式のようにも思えた。
その翌年、『ヒットスタジオR&N』で、「りんごの泪」を演奏するのを見た。この歌は、青森から出荷されるりんごの気持ちを擬人化した「ドナドナソング」のように言われている。
しかし、今改めてこれを聞いてみると、昭和初期の東北地方の貧困農家の「娘売り」の歌に思えて仕方がない。大凶作に見舞われたため、借金を抱える農家が続出した当時。やむを得ない口減らしの手段として「芸娼妓」として売られた少女は、青森県だけでも7千人を超えたと言われている。
ある夜お婆が炉端で言うことにゃ
人に買われてりんごは紅いとさ
なぜ なぜ りんごは思う
どうして売られてゆくのかな
でも でも りんごは告げる
兄さま姉さま おさらばじゃ
そして「りんごりんごりんご りんごの哀しみ籠の中」と、売られていく娘たちの無念を、白塗りで歌う鈴木。激しい津軽三味線のようなギターに合わせて掛け合いを入れる和嶋。この歌のおどろおどろしさは、いまだ鎮魂されないりんご=少女たちの魂を慰めるブルースのようにも思える。
人間椅子は、いまだ活動を続けており、今年結成30周年。10月には20枚目のアルバム『異次元からの咆哮』をリリースした。まさに、私がイカ天で見た時のファーストインプレッションそのものの題名だ。鈴木の風貌はますます異形の者感を増し、今や白塗りの虚無僧のよう。和嶋も解脱した行者のような表情をしている。ライブは、仏教的な説法MCを行い、現代の語り部のようになっている。
人生は心地良いものや常識で片づくものばかりではない。しかし、色々な亀裂から膿のように出てくるおどろおどろしいものに焦点を当て、音楽で、パフォーマンスで体現できるバンドは稀有だ。
「この世界の、人目につかぬ隅々では、どの様に異形な、恐ろしい事柄が、行われているか、ほんとうに想像のほかでございます」
… 乱歩の『人間椅子』の中の、そんな告解の言葉が聞こえてくる。
歌詞引用:
陰獣・りんごの泪 / 人間椅子
2017.11.19
YouTube / metalmaster7777777
YouTube / akianjela
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