11月8日

タイマーズ「デイ・ドリーム・ビリーバー」忌野清志郎が紡いだ愛の告白

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ザ・タイマーズのファーストアルバム「THE TIMERS」がリリースされた日(デイ・ドリーム・ビリーバー 収録)
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コダックのCMで知ったメロディ


1980年。カメラフィルムのCM(コダック)で使用されたその洋楽は、どこか郷愁を誘うサビのメロディとハーモニーが印象的だった。その曲名すらわからない楽曲のことを、僕は単純に「いい曲だなぁ」と思っていたけれど、そのときはただ記憶に留めるだけで終わってしまった。何故なら、僕は英語が大の苦手で歌詞の意味などサッパリだったからだ。

そこから時は流れ、昭和から平成へと元号が変わった1989年。僕は再びそのメロディをカップ麺のCM(エースコック)で聴くことになる。「あれ? 聴き覚えのあるメロディの歌詞が今度はわかるぞ!」というのは少々盛っているけれど(笑)、ザ・タイマーズが「デイ・ドリーム・ビリーバー」としてカヴァーしたのである。

今回は、この「デイ・ドリーム・ビリーバー」について語ってみたい。巷で噂されている歌詞考察にひとこと言いたくて仕方なかったのだ。

日本でも人気だったザ・モンキーズ「デイドリーム」


さて、「デイ・ドリーム・ビリーバー」を語るにあたり、まずはその元であるザ・モンキーズのことを説明しなければならない。

コメディドラマ『ザ・モンキーズ・ショー』(米NBC系列)の放送が始まったのは1966年9月のこと。それは、番組が集めた400名ほどの若者から選ばれた4人組ロックグループ、ザ・モンキーズが誕生した瞬間でもあった。

ザ・モンキーズは、総売上枚数500万枚超えのヒットとなる「恋の終列車(Last Train to Clarksville)」でセンセーショナルなデビューを果たすと、その後も歌にテレビにと大活躍の日々が続いていく。

ただ、音楽業界人をはじめ、熱狂的なビートルズファンからは、“テレビが作った企画グループ” とか “ビートルズの丸パクリバンド” のようなレッテルを貼られてしまった。確かに作家陣が彼らのために提供した曲はビートルズに寄せていたように思えるし、メンバーの風貌も意識していたのは周知の事実。けれど僕は気にならなかったし、そんなことを言い出せば、日本を代表するガールズバンドのプリンセス プリンセスだってオーディションで選ばれたメンバーである。音楽に対して確固たる志があれば、出自はどうあれ魅力あるグループに変わりないはずだ。まあ、訳知り顔の大衆がやっかみを言うほど彼らの人気が凄かったのであろう。

デビュー翌年の1967年10月にリリースされた「デイドリーム(Daydream Believer)」は、ビルボード誌に登場してからわずか3週目、12月2日付けで週間ランキング1位を獲得した。驚くことに日本での同曲シングル発売はその3日後である。当時の洋楽事情から考えると、日本においてこのスピード感ある戦略は異例中の異例だ。日本で『ザ・モンキーズ』(TBS系列)のテレビ放送を10月から行うなど先手を打ったプロモーションが功を奏したのだろうけれど、そうした企画をスタッフが仕掛られたのは、彼らの活躍に相当な自信があったからに違いない。

「デイドリーム」をカヴァーした4人組の覆面バンド、ザ・タイマーズ


『三宅裕司のいかすバンド天国』の放送が始まり、バンドブームが絶頂期を迎えていた1989年。その前年からライブイベントや学園祭に突如来襲して世間を賑わせていたグループが、ザ・モンキーズのヒット曲「デイドリーム」をカヴァーしてメジャーデビューを果たした。

そう、忌野清志郎に “よく似た人物” ZERRYをリーダーに据えた4人組覆面バンド、ザ・タイマーズだ(以下、誰もが知っているためこの後からZERRYを清志郎と表記)。

ライブではヘルメットをかぶり、タオルで口元を覆った土木作業員風スタイルで登場。それはまるで解体業者… いわゆる “ぶっ壊し屋” を彷彿とさせた。全共闘学生運動さながらの彼らのステージは、そのイメージ通り権力者への風刺と、権威そのものに対して煮え切らない社会への鬱憤を題材にすることが多かった。

もはや彼らの語り草で有名な放送事故『ヒットスタジオR&N』もそうだが、“社会に渦巻いている理不尽な憤りを音楽に込めてぶっ壊してやるぜ!” という清志郎の確固たる志が多くの若者を熱狂させたのだ。

そんな彼らである。唯一スタジオ録音をしたデビューアルバム『THE TIMERS』に “大麻” をもじった歌詞の「タイマーズのテーマ」(「モンキーズのテーマ」のパロディ)や「偽善者」「偉人の歌」など社会情勢を皮肉った楽曲を収録したのは当然の成り行きだろう。その一方で、このコラムの主題である「デイ・ドリーム・ビリーバー」や、朝鮮と挑戦をかけて世界平和に一石を投じるハートフルなナンバー「北朝鮮」なども収録した。これは、アルバムとしてバランスを取ったのだろうけど、僕はそこに清志郎が持つ芯の強さと心根の優しさを感じてならない。

メジャーデビュー曲「デイ・ドリーム・ビリーバー」を深読み


お待たせして申し訳ない。ここからは「デイ・ドリーム・ビリーバー」の歌詞深読みをはじめていくことにする。

本家ザ・モンキーズ「デイドリーム」の歌詞は、周囲で人気のあった女性を射止めた彼が、ふたりで始めた新しい生活にウキウキとした幸福感に包まれている様子が伺える内容だ。リズムもメロディもほのぼのとしていて、なんとも牧歌的な楽曲である。

「朝、目覚ましが鳴って起きなくちゃいけない」とか「剃刀の刃がヒリヒリするぜ」「これから生活していくのにお金はどのくらい必要なのかな」(どれも僕の意訳)なんていう現実的な部分もあるけれど、全体を通せば幸せな毎日に没入した惚気の歌と言えよう。ザ・モンキーズの歌詞は、純粋に今この時の幸せを描いているのだ。

その原曲に対して清志郎が書いた「デイ・ドリーム・ビリーバー」は、歌詞中の出来事を過去形にしている。何故なのだろう…。

web上では、すでに亡くなっている母親と継母に対しての歌では? という考察が見受けられる。もちろんそれはとても温かみを感じる考察だし優しい世界観だけど、僕は全く別の見方をしている。カヴァー曲なのだから基本の設定や世界観を崩さないだろう。つまり暮らし始めた二人の幸せをテーマに清志郎なりの解釈を加えたと考える方がふつうだ。…つまり亡き母に宛てた歌と考えるのは飛躍し過ぎじゃないか? と僕は思うのだ。

結論から記してみよう―― 清志郎が紡いだこの歌詞は、このころに結婚を決めた妻の景子さんに対する純粋な気持ちであり、彼女への惜しみない愛情と感謝を表現したのではなかろうか。

「デイ・ドリーム・ビリーバー」は、妻への愛の告白であり、感謝の宣言


 もう今は 彼女はどこにもいない
 朝はやく 目覚しがなっても
 そういつも 彼女とくらしてきたよ
 ケンカしたり 仲直りしたり

 ずっと夢を見て 安心してた
 僕は Daydream Believer そんで
 彼女は クイーン

1行目から彼女がいないという記述。後半の「♪写真の中で やさしい目で 僕に微笑む」という歌詞から、彼女がこの世にいないことが暗示されている。けれどそれは清志郎が想像したずっと先の未来の話だ。

わかりづらいのでもう少し説明しよう―― この歌詞は、妻の景子さんが先に亡くなり清志郎自身の命の灯が消えるという何十年後かの未来を想像したときに、きっとこんな風に彼女に感謝するだろうと考えた物語がベースになっている。

不遇の時代から清志郎をずっと支え続けてきた彼女。その彼女の献身により、清志郎は今日までステージに立つことができたのだ。

「♪ずっと夢を見て 安心してた」というのはそういうことである。それゆえ、清志郎の彼女に対する愛情は、僕らの想像を遥かに超えたかけがえのない大切なものだろう。だからこそ最後に「♪ずっと夢を見させてくれてありがとう」と伝えるのだ。

「♪僕は Daydream Believer」とは「俺は夢を信じて生きている」であり「♪彼女はクイーン」とは「そんな俺の側にいる彼女は最高の女さ」という宣言なのだ。

ロックは俺自身。俺が生きてるんだからロックは生きている


シャイなことで有名な清志郎… 彼女に面と向かって感謝の気持ちを伝えるなんて、きっと照れくさくてできなかっただろう。けれど、ステージの清志郎は別である。そう、一歩歌の世界に入り込んでしまえば無敵なのだ。

清志郎がロックンロールを歌うとき、いつだって自分の心に沸き上がった感情を余すところなく吐き出してきたはずだ。無論ザ・タイマーズの活動も、ただ闇雲に吠えていただけではない。清志郎が権力に対して反抗したのは、自身が願う幸せと平和のためだ。感じたままの喜びや悲しみ、そして社会への疑問を若い世代に伝えるため「俺が歌わないとまずいな」という使命感に燃えたのだ。

「デイ・ドリーム・ビリーバー」をより深く解釈するならば、「俺たちは、いつだって幸せと平和に感謝していようぜ」という若い世代への熱いメッセージでありエールだと思うのだがどうだろう? ただ、それを清志郎に確かめるのは果たせぬ願いである。

今の時代を清志郎ならどう歌うのだろうか。どう蹴散らすのだろうか。今度は僕らが考える番だ。

「ロックは俺自身。俺が生きてるんだからロックは生きている」

―― と言い切った清志郎。安心して欲しい… 清志郎がこの世を後にした今も、清志郎の歌が生き続けるかぎり、ロックが死ぬことはないのだ。

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2021.11.08
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おすすめのボイス≫
1968年生まれ
りおねーじゅ
100%納得の解釈。ストンと胸に落ち、しかも泣ける。いや元々泣きそうになる歌詞だけど、泣いてもいいものか変な躊躇があったのは、やはり解釈に自信がなかったから。これからはシャイな清志郎の、歌でしか言えなかった心のうちを思って堂々と泣けるのだ。
2021/11/15 22:10
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カタリベ
1967年生まれ
ミチュルル©︎たかはしみさお
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