「ファースト・デイト」のシングルに使われた4枚の写真
その美少女は、多彩な表情と、魅力と、才能をたくさん持った、努力家の頑張り屋さんだった。
端正な顔立ちでこちらを真っ直ぐ見つめるマドラスチェックのシャツを着た岡田有希子さん。ごくごく薄いグレーのジャケットを羽織り微笑む有希子さん。歌詞カードには、赤いタータンチェックのリボンのついた白いブラウスに赤いベストの有希子さんのピンナップが2種類。
今からちょうど40年前にリリースされた「ファースト・デイト」のシングルには合計4種類の写真が使われており、どれも与える印象が違う。どんな女の子なんだろう? 明るいだけの溌剌とした女の子ではないのだろう…。4枚の写真は、有希子さんへの興味をかきたてる。
16歳のアイドル歌手のデビュー曲としてはいささか地味に聴こえた「ファースト・デイト」
トン、と扉を開けるようなドラムから、心をかき乱すようにシュルルっと舞い上がるストリングス。歌が始まる前は不協和音で駆け上がっていく。初めての “デイト” に臨む少女の不安な気持ちがイントロに詰まっている。
丁寧に歌う有希子さん。竹内まりやさんが作る、決して簡単な曲ではないメロディに載ることば。16歳の少女の恋心をリアルに表現するその歌は、当時の16歳のアイドル歌手のデビュー曲としてはいささか地味に聴こえた。
有希子さんの凄さは、デビュー曲で既に、見事な立体的な表現力をみせていることだ。はじめは内気そうな印象を与える、雨粒が落ちてきそうな曇り空を思わせる声で唄っていたのが、1番の最後、「♪なにもかもがバラ色にみえるわ はじめてのデイト」で、雲間から陽が差したように明るい色合いの声に変わる。
2番の後での転調後「♪こんなにせつない気持ち はじめてだから」では、翳りのある声になる。曲の中のヒロインの心境を声でこれだけ表現できる新人歌手というのは他に思い当たらない。当時、テレビで何回か見たときにはあまり気づかなかったのだが、40年後の今、このコラムを書くにあたり「ファースト・デイト」を何回か聴いて、こんなに完成された歌手としてデビューしていたという事実に驚いた。
デビューからの3部作は、80年代アイドル作品の最高峰
キャニオンレコード(現:ポニーキャニオン)のプロデューサーの渡辺有三さんは、有希子さんの声質がとても気に入っていたという。「魅力のある低い声を出せる子はそういない」と過去のインタビューで語っていた。
ユーミンや来生たかお、山下達郎といった、当時ニューミュージック系と呼ばれた楽曲が好きだった有希子さんにとって、竹内まりやさんの楽曲は相性が良かった。職業作家としての竹内まりやさんの初期の作品で、16歳の有希子さんの心象風景にぴったりはまったデビュー曲から「リトル プリンセス」「-Dreaming Girl- 恋、はじめまして」までの3部作は、80年代アイドル作品の最高峰と言っても過言ではない。
編曲は萩田光雄さん。「まりやさんの元の曲はあそこまでハネたものではなかったので、書いた当人はちょっと面喰らったかもしれない」と『ヒット曲の料理人 編曲家 萩田光雄の時代』(リットーミュージック)で記している。調性がマイナー(Fm)で地味な印象を与えるメロディのバックではドラムを目立たせたり、随所にキラキラした音を交えながら、上品で落ち着いた雰囲気の音に仕立てている。
5枚目のシングル「Summer Beach」がアナログ盤で発売
デビューからの3部作は竹内まりやさん、4曲目からは尾崎亜美さんの作品をシングルとして発表した有希子さん。デビュー翌年の1985年4月17日にリリースした5枚目のシングル「Summer Beach」が、39年後の2024年4月20日に12インチ45回転アナログ盤で発売された(カップリングは「くちびるNetwork」)。
「Summer Beach」は、少し大人になった有希子さんをたっぷり堪能できる作品だ。尾崎亜美さんの作詞作曲に松任谷正隆さんがアレンジを施したサウンドは、アイドル作品の枠を大きく超えている。渡辺有三さんが気に入っていた彼女の低音が生きており、少女から大人に一気に脱皮した、憂いと艶を持つヴォーカルとサウンドとの相性も抜群。1985年初夏、旬のドライブミュージックとしてクルマに積むカセットテープに加えた諸兄諸姉も多かったのではなかろうか。
今回の12インチシングルのジャケットは新たに描き下ろされた。イラストのジャケットで描かれた女性は、オリジナルの有希子さんとは少し違う雰囲気を感じさせる。2020年代にもしも17歳の彼女が舞い降りてきたら、こんな女の子になっているのかもしれない。
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2024.04.21