「シティーハンター」はアニメ音楽の分水嶺
ある時代まで、テレビアニメ作品や特撮ヒーロー作品の主題歌は作品名や主人公の名前を連呼するのがスタンダードだった。『宇宙戦艦ヤマト』(日本テレビ系 / 1974年)の主題歌は “宇宙戦艦ヤマト” と、『機動戦士ガンダム』(テレビ朝日系 / 1979年)の主題歌は “ガンダム” と何度もリピートする。しかし、現在は低年齢層向けの作品を除きそうしたケースは少ない。タイトルを連呼しない。ここでは、その傾向の分水嶺のひとつとなった作品『シティーハンター』シリーズ(日本テレビ系)の音楽についてクローズアップしてみたい。
『シティーハンター』と同じ北条司の原作によるアニメ番組『キャッツ・アイ』(日本テレビ系 / 1983年)の主題歌、杏里の「CAT'S EYE」はオリコン週間チャートで5週連続1位というアニメ主題歌として異例の大ヒットを記録した。この「CAT'S EYE」はタイトル連呼タイプの曲である。他方、その頃から杏里のように著名なポピュラー系ミュージシャンがアニメ主題歌を歌う流れも目立つようになっている。これは、レコード会社がプロモーション手段として、アニメ番組とのタイアップを模索するようになったからだろう。また、アニメ制作者側は、著名ミュージシャンが主題歌を歌うことでコンテンツとしての価値を上げられるメリットもあった。
『キャッツ・アイ』の翌年に放送された『重戦機エルガイム』(テレビ朝日系)の後期主題歌、鮎川麻弥の「風のノー・リプライ」は、タイトルを連呼しないシティポップ風の曲である。作品を知らない人が聴いたらアニメ主題歌とは思わないだろう。だが、歌詞には作品内で重要なキーワードが潜んでいた。このように、80年代半ばより少しずつアニメソングの “脱タイトル連呼” が試されていたのである。
1985年の『ダーティペア』(日本テレビ系)は中原めいこの「ロ・ロ・ロ・ロシアン・ルーレット」、1986年の『めぞん一刻』(フジテレビ系)は斉藤由貴の「悲しみよこんにちは」という曲が主題歌だった。この頃になるとすでに “脱タイトル連呼” が実現している。だが、『めぞん一刻』と同年の『ドラゴンボール』(フジテレビ系)、『聖闘士星矢』(テレビ朝日系)の主題歌の歌詞にはタイトルがド〜ンと入っていた。アニメソングにタイトルを入れるか否かは、ターゲットとする年齢層によって変わる傾向もこの頃から明確になってくる。
そして、1987年に『シティーハンター』が始まる。この番組の音楽はアニメ番組として画期的だった。それまでアニメとは疎遠だったEPICソニー(ソニー・ミュージックレーベルズの前身のひとつ)と手を組み、同社所属のいろいろなミュージシャンがオープニングテーマ曲(以下:OP曲)、エンディング曲(以下:ED曲)、挿入歌を担当する形式がとられたのだ。特筆すべきなのは挿入歌の存在だ。それまで、アニメ番組の挿入歌は同じ曲を毎回流すのが一般的だった。しかし、『シティーハンター』では、多数の非タイトル連呼曲を用意し、そのなかから、内容、場面にマッチしたものを選んで挿入歌として流すという贅沢なことをやっていたのである。これはサントラ盤のリリースを念頭に置いた試みだろう。
そこには、1986年10月にスタートした刑事ドラマ 『あぶない刑事』(日本テレビ系)の影響が見え隠れする。『あぶない刑事』も、EPICソニーと組み多数のミュージシャンによるオリジナル挿入歌を制作。それをドラマの内容に合わせて使用しつつ、サントラ盤として発売していた。日本の刑事ドラマに前例のない新しいトライだった。『あぶない刑事』と『シティハンター』はともに、都会的であり、ハードボイルドであり、かつコミカルであるという共通点がある。そして、どちらの挿入歌群も、日本的な生活感を排除したスタイリッシュでコンテンポラリーな世界を追求したものばかりだった。それは、放送スタート当時のバブルな空気ともリンクしていた。『シティハンター』のTVシリーズは4作品ある。次に具体的にどんな楽曲が流れていたかを確認していこう。
「あぶない刑事」に続き鈴木聖美、大滝裕子も参加
『シティーハンター』(1987年4月~1988年3月)
■ オープニングテーマ
「City Hunter〜愛よ消えないで〜」小比類巻かほる
「ゴーゴーヘブン」大沢誉志幸
■ エンディングテーマ
「Get Wild」TM NETWORK
■ 挿入歌
「COOL CITY」The City Crackers
「GIVE ME YOUR LOVE TONIGHT」鈴木聖美
「BLUE AIR MESSAGE」大内義昭
「MR.PRIVATE EYE」大滝裕子
「WHAT'S GOIN' ON」小比類巻かほる
「FOOTSTEPS」北代桃子
「WANT YOUR LOVE」北代桃子
「NEVER GO AWAY」北代桃子
「砂のCASTLEのカサノヴァ」北代桃子
シリーズ1作目はOP曲が小比類巻かほる「City Hunter〜愛よ消えないで〜」、ED曲がTM NETWORK「Get Wild」という組み合わせでスタート。どちらもヒットした。前者はタイトルに一応「City Hunter」と付くが、両曲の歌詞には作品と直接関係する言葉はない。そして、第27話よりOP曲が大沢誉志幸の「ゴーゴーヘブン」にチェンジする。作詞家・銀色夏生による歌詞は「シティーハンター」ではなく「I just wanana go go go go go go」というフレーズをひたすら連呼するものだった。
一方、挿入歌の多くは、作曲を国吉良一、矢野立美という2人の作家が手掛けていた。鈴木聖美、大滝裕子は小比類巻かほるとともに『あぶない刑事』のサントラにも参加していたメンバーだ。90年代に藤谷美和子とのデュエット曲「愛が生まれた日」をヒットさせる大内義昭は、DU-PLEXというシンセポップ系ユニットでの活動が不発に終わりくすぶっていた時期。その後、COSA NOSTRAに加入する北代桃子(現:鈴木桃子)はまだ新人で、ヴォーカリストとしての力量が世間に知られる前だった。このように、EPICソニーが抱えていたさまざまな才能が投入されたのである。
鈴木聖美によるバラード「GIVE ME YOUR LOVE TONIGHT」をはじめ、ほとんどの曲が、脱タイトル連呼どころかオール英語詞である。完全に振り切っている。当時はまだカラオケボックスの普及以前という背景もあるのだろうが、それらは大衆に歌い継がれるような方向ではなく、心地いいBGMを目指しているように感じられる。また、80年代後期らしくシンセサイザーが多用されているのも特徴的だ。
そうした挿入歌と比べると「Get Wild」の大衆性が際立つ。わかりやすい。『シティハンター』では、本編のラストシーンでED曲のイントロ流れ始め、そのままエンディングに入るという、アニメ番組として過去にないスタイルが採用された。これが「Get Wild」の印象をさらに強くする。TM NETWORKは、そこから一気にメジャーな存在に駆け上がっていった歴史がある。
PSY・S、岡村靖幸の曲が毎週地上波で流れていた
『シティーハンター2 』(1988年4月~ 1989年7月)
■ オープニングテーマ
「Angel Night〜天使のいる場所〜」PSY・S
「SARA」FENCE OF DEFENSE
■ エンディングテーマ
「SUPER GIRL」岡村靖幸
「STILL LOVEHER(失われた風景)」TM NETWORK
■ 挿入歌
「砂のCASTLEのカサノヴァ」北代桃子
「EARTH〜木の上の方舟〜」PSY・S
「FOOTSTEPS」北代桃子
「ゴーゴーヘブン」大沢誉志幸
「WANT YOUR LOVE」北代桃子
「CITY HEAT」小倉良
「NO NO NO」小倉良
「YOUR SECRETS」北代桃子
「LONELY LULLABY」神谷明
「CHANCE」神谷明
「BLUE AIR MESSAGE」大内義昭
「FOOTSTEPS」北代桃子
「WITHOUT YOU」Jennifer Cihi
「SNOW LIGHT SHOWER」伊倉一恵
「終りのない傾き」大沢誉志幸
「ESCAPE」北代桃子
「街中sophisticate」神谷明・伊倉一恵
「GIMME SHOCK」神谷明
「Get Wild」TM NETWORK
「PARTY DOWN」北代桃子
約1年3ヶ月の長丁場となった2作目は、PSY・S、岡村靖幸、FENCE OF DEFENSEの参加が目新しい。最先端の電子楽器を用いたニューウェイブ系、テクノ系のユニットPSY・Sは前期OP曲「Angel Night〜天使のいる場所〜」で知名度を大きくアップさせた。ED曲を任せられた岡村靖幸はデビューから1年数ヶ月。一部に強い求心力を発揮していたが、まだブレイクと呼べるセールスは記録していない。「SUPER GIRL」は「Get Wild」のようなヒットとはならなかった。ただし、テレビで毎週流れる、あの粘着質のある歌声は強いインパクトを残した。『シティハンター2』をきっかけに岡村靖幸がなんだか気になりだした人も少なくないだろう。
ビーイングに属していた3人組バンドFENCE OF DEFENSEのメンバーはそれぞれTM NETWORKのバックバンドの経験もあり、「シティハンター」の世界に自然にフィットした。矢野立美とともに多くの挿入歌の作曲を手掛け、ヴォーカリストとしても参加した小倉良は、90年代にミリオンヒット「あなたに逢いたくて〜Missing You〜」ほか松田聖子の楽曲制作で知られる存在となる。
メインキャラクターの声優である神谷明、伊倉一恵の曲が挿入歌に使われたのは、功労者へのご褒美のようなものかもしれない。「CHANCE」という曲は「おれの名は冴羽獠」というセリフで始まるなど、他とはまったくの別物の印象だ。先進的な『シティハンター』の音楽だが、ここだけは従来のアニメ番組のスタイルだった。
小室哲哉と鈴木聖美のコントラストが作品の深みを出す
『シティーハンター3』(1989年10月~1990年1月)
■ オープニングテーマ
「RUNNING TO HORIZON」小室哲哉
■ エンディングテーマ
「熱くなれたら」鈴木聖美
■ 挿入歌
「ゴーゴーヘブン」大沢誉志幸
「MAKE UP TONIGHT」河合夕子
「FOREVER IN MY HEART」Kirsten Steinhauer
「砂のCASTLEのカサノヴァ」北代桃子
「MR.PRIVATE EYE」大滝裕子
「シャイにSexy」西薗まり
「LONELY LULLABY」神谷明
「MIDNIGH TRAIN」ANIMA
「HOLD ME TIGHT」Red Monster
「A LOVE NOONE CAN CHANGE」神谷明・伊倉一恵
「GIVE ME YOUR LOVE TONIGHT」鈴木聖美
「THE PRESSURE」ANIMA
「Get Wild」TM NETWORK
当時、TM NETWORKは活動休止中、3作目のOP曲は小室哲哉のソロデビュー曲「RUNNING TO HORIZON」となった。作詞は小室みつ子、作曲・編曲は小室哲哉。「Get Wild」と同じ陣容だが、ヴォーカルは宇都宮隆ではなく小室哲哉だった。そこが大きく違った。「ああ、小室哲哉が歌うとこうなるのか」。多くの人が思っただろう。堂々のオリコン1位曲だ。
ED曲で鈴木聖美が復帰。「熱くなれたら」は、おそらくアニメ史上屈指の成熟した大人を感じるED曲だろう。「RUNNING TO HORIZON」と「熱くなれたら」は、あまりにタイプの違う曲である。このコントラストは『シティーハンター』の音楽に奥行きを与えている。ほかに、1981年にカーリーヘアに丸メガネをトレードマークにポップスシンガーとしてデビューした河合夕子が初参加。デビュー当初の路線とは異なり、「MAKE UP TONIGHT」は『シティハンター』に相応しい系統の楽曲だった。
GWINKOにAURA、過渡期を感じさせるキャスティングに
『シティーハンター'91』(1991年4月~1991年10月)
■ オープニングテーマ
「DOWNTOWN GAME」GWINKO
■ エンディングテーマ
「SMILE&SMILE」AURA
■ 挿入歌
「砂のCASTLEのカサノヴァ」北代桃子
「You never know my heart」橘真由美
「BY YOUR SIDE」GWINKO
「Hold Me Slowly」野口郁子&伊藤洋
「お願いKISS ME AGAIN」NAOKO
「FOREVER IN MY HEART」Kirsten Steinhauer
「HOLD ME TIGHT」Red Monster
『シティーハンター ベイシティウォーズ』『シティーハンター 百万ドルの陰謀』と映画版2作の公開をはさみ、1年3ヶ月ぶりにTVシリーズが復活した。1作目のスタートから4年が経ち、日本の音楽シーンも変わった。音楽メディアはレコードからCDに完全に入れ替わっている。
1991年4月は、すでに80年代後期からのバンドブームが退潮していた時期である。『平成名物TV』(TBS系)で放送されていた「三宅裕司のいかすバンド天国」も終了している。バンドブームの波に乗ってデビューしたバンドも曲がり角に来ていた。ED曲を “ビジュアル系の嚆矢(こうし)” とされるAURAが担当しているのはその背景を感じさせるものだ。「SMILE&SMILE」は過去の『シティーハンター』楽曲に比べ、シンセサイザーよりもギターの主張が強かった。
OP曲を担当したGWINKOは、その後、安室奈美恵、MAX、SPEED、DA PUMP、三浦大知を生む沖縄アクターズスクールの出身者である。デビュー4年目で、司会を務めていた『ヒットスタジオR&N』(フジテレビ系)を降板して1年、これまでセールス的な爆発がなく、次の一手が欲しいタイミングだった。そこでGWINKOが歌ったのはジャズ風のアレンジがありながらも、あくまでポップなナンバーだ。松井五郎が手掛けた歌詞は、槇村香目線のようにも、一般的な若い女性の目線のようにもとれる内容である。
NAOKOとは、80年代アイドル島田奈美が自らの本名を引用した別名だ。すでに表舞台から引退しており、延長戦的な音楽活動となった。「お願いKISS ME AGAIN」とアイドルソング風のタイトルだが、そのイメージで聴くと裏切られる曲を歌った。
『シティハンター'91』が放送されていたのは、バンドブーム停滞期と前述したが、同時にアイドル冬の時代である。さらに平成のJ-POPブーム、CDバブルのトリガーのひとつとなったテレビドラマ『東京ラブストーリー』(フジテレビ系)の終了直後だ。そんな過渡期だったこともあり、この最終作は音楽的カオスも感じさせる部分がある。『シティーハンター」のTVシリーズの役割はここで終わるが、やがて爆発するJ-POPブーム、CDバブルの中心には、『シティハンター』をきっかけに盤石な地位を確立した小室哲哉が立つことになる。また、アニメ番組で流れるJ-POP楽曲が続々とヒットチャートを席巻する現象が生まれていくのである。
80年代アニメソング大集合
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2023.09.12