5月29日

美空ひばりが思いを馳せた「愛燦燦」人生は捨てたもんじゃない

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ずっと遠い存在だった、歌謡界の女王・美空ひばり


ものごころついた時、美空ひばりは既に『紅白』にいなかった。

僕が初めて観た『NHK紅白歌合戦』は、昭和48年である。保育園の年長さんだった。初出場のアイドル歌手らが大いに活躍した年で、森昌子が「せんせい」、郷ひろみが「男の子女の子」、麻丘めぐみが「わたしの彼は左きき」、アグネス・チャンが「ひなげしの花」を初々しく披露したのを覚えている。2回目の出場となる天地真理がテニスルックで登場し、「恋する夏の日」を歌っている時に、後ろで歌手たちが投げ合っていたボールが頭に当たり、愛くるしい笑顔を見せた年でもある(今風に言えば、彼女は持ってましたナ)。

しかし―― その裏では、昭和33年以来16年連続で『紅白』に出場してきた美空ひばりが実弟の暴力団絡みの不祥事から落選するという歴史的な事件が起きていたのだ。トリは10年連続、大トリに限れば6年連続―― そんな歌謡界の女王が突然、干されたのである。紅白史に残る大事件だ。初出場のアイドル歌手らの大量出演は、そうした暗いムードを払しょくしたいNHK側の意向もあったのかもしれない。

もちろん、当時6歳のいたいけな少年が、そんな事情を知る由もなく。その後、女王は落選の因縁からNHKを生涯許すことなく、二度と『紅白』に出場歌手として復帰することはなかった。また、民放の歌番組にも大御所すぎるゆえか、ほとんど出演する機会がなかった。そんな次第で、昭和40年代キッズにとって、女王・美空ひばりはずっと遠い存在だった。

味の素企業CM、映像にハマった歌声の主は?


それから13年が過ぎた。

時に昭和61年(1986年)春、1本のCMがお茶の間に流れた。味の素の企業CMだ。当時、僕はフジテレビの『テレビくん、どうも!』という明石家さんまサン司会(名義は本名の杉本高文)の番組が大好きで、毎週欠かさず観ていた。同番組は味の素の一社提供で、そこで流れる長尺のイメージCMのトリコになったのである。

それは、外国の開拓民らしき一家を描いたものだった。一面に広がる荒野を耕す一家。何かを植え(この段階ではお茶の間には分からない)、やがて月日が過ぎて秋になり、たわわに実った穂を収穫する。それらを荷車に載せ、帰り支度につく一家。荷台の上で小さな女の子が母親にもたれて眠っている。遠くには夕日―― ここで、あの有名なコピーが流れる。

 麦からビール。
 さとうきびから、「味の素」。

―― 味の素って、さとうきびが原料だったのかよっ!
と新鮮に驚いたのはさておき、そのCMの間、ずっと流れる歌声が気になった。誰が歌っているのか分からない。だが、雄大な自然と温かな一家の映像に妙にハマっている。

CMではノンクレジット、美空ひばり「愛燦燦」


そんなある日、番組内で、レギュラー出演者の作家の長部日出雄サンが、何かの拍子で例のCMに触れることがあった。ふと、こう感想を漏らしたのだ。

「スポンサーだから褒めるワケじゃありませんが、美空ひばりさんの歌、すごくいいですね」

――えっ、美空ひばりだったの!?
そう、そのCMは歌手のクレジットがなかった。かつて、サントリーの「CANビール」のCMで「SWEET MEMORIES」を歌うアニメのペンギンの声を松田聖子と明かさずノンクレジットだったように、覆面だったのだ。

この時、僕は生まれて初めて、美空ひばりという歌手をリアルに意識した。そして―― 極めて素直に、こう思った。

「歌うまっ!」

そう、その楽曲こそ、今から35年前の今日―― 1986年5月29日にリリースされた、美空ひばりのシングル「愛燦燦」である。

作詞・作曲は小椋佳、「愛燦燦」が生まれた経緯


 愛 燦燦(さんさん)と この身に降って
 心秘かな嬉し涙を 流したりして
 人はかわいい かわいいものですね

作詞・作曲:小椋佳。かつて “歌う銀行員” と言われながら、布施明サンに大ヒット曲「シクラメンのかほり」を提供した御仁である。その繊細な歌声から、当初は世間から薄幸の美少年と思われ、昭和51年にNHKホールでファーストコンサートを開くまでの間、長く正体を明かさなかったことでも知られる。そう、小椋佳サンもまた、覆面歌手だったのだ。

「愛燦燦」が生まれた経緯は、少々変わっている。最初に、前述のハワイのさとうきび畑で働く一家の雄大な映像が撮られ、その制作を担当したホリプロのプロデューサーが、映像の完成度の高さに気を良くして、それに相応しいCM音楽を―― と、楽曲・小椋佳×歌唱・美空ひばりの座組を思いつく。

だが、小椋佳サンはともかく、果たして歌謡界の女王がCMソングを歌ってくれるだろうか。ツテを頼ってオファーすると、偶然とは恐ろしいもので、時を同じくして、その2人の座組で美空ひばりデビュー40周年記念アルバム『旅ひととせ』の制作が進行中だったのだ!(ホントに偶然ですナ)。女王サイドはアルバムのプロモーションになるならと、OKする。

女王からの提案「アルバムよりシングル向きじゃない?」


しかし、アルバム収録曲を数曲、味の素サイドに提案するも、どれも快い返事が得られない。そこで、アルバムから離れ、小椋佳サンに件の映像を見てもらい、オリジナルを依頼する。そこで仕上がったのが「愛燦燦」だった。ひばり御殿で小椋佳サンが歌うデモテープを聴かされた女王は、開口一番「いい曲ね。これってアルバムよりシングル向きじゃない?」と逆提案したという。

かくして―― 同曲は味の素の快諾も得て、CM曲に起用される一方、デビュー40周年のメモリアルシングルとして、女王自身の49歳の誕生日にリリースされる。そう、今日5月29日は、美空ひばりの誕生日でもある。ご存命なら84歳―― 意外にお若いと思ってしまう。いかに、若くして旅立たれたか。

リリースされた1986年はおニャン子クラブクラブ旋風


 ああ 過去たちは 優しく睫毛に憩う
 人生って 不思議なものですね

だが、「愛燦燦」は満を持してリリースされるも、当時は期待したほどは話題にならず、オリコンチャートは最高位69位に終わる。仕方ない。この年はあのおニャン子クラブの旋風が吹き荒れた年。秋元康サンが作詞する彼女たちの楽曲は入れ代わり立ち代わり1位になり、翌週にはベスト10圏外に落ちるなど、もはやチャートはお祭り化。音楽をじっくり育む環境にはなかったのである。

後年、秋元サンが女王のために詞を書きおろしたのは、その罪滅ぼしである―― なんてね。

昭和から平成に元号が変わった1989年6月24日、女王は志半ばで旅立った。享年52。奇しくもその年、漫画の神様・手塚治虫も2月に没し、経営の神様・松下幸之助も4月に逝った。戦後日本を象徴する3人が相次いで他界したことで、改めて人々は “昭和が終わった” ことに思いを馳せた。

女王晩年の代表作、再評価で存在感を増した「愛燦燦」


不思議なことが起きた。

女王の死後、「愛燦燦」を再評価する機運が高まったのだ。気がつけば、晩年の代表作としては、あの「川の流れのように」と肩を並べるまでに存在感を増す。事実、カヴァーした歌手の数を比較すると、「川の流れ~」の31組に対し、「愛燦燦」は実に38組である。

 ああ 未来達は 人待ち顔してほほえむ
 人生って 嬉しいものですね

「愛燦燦」は、起伏のある人生を過ごしつつも、過去と未来に思いを馳せた楽曲である。「過去たちは 優しく睫毛に憩う」とは、目を閉じてまぶたの裏に浮かぶ思い出を表し、「未来たちは 人待ち顔して微笑む」とは、死して後に訪れる、明るい未来を展望している。早い話が、人生は捨てたもんじゃないと。

ある意味、「愛燦燦」は予言書だったのかもしれない。歌謡曲の女王の。



2021.05.29
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カタリベ
1967年生まれ
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