「パラダイス・シアター」に感じたスティクスの自信
MTVでスティクスのMVを最初に見た時はマジシャンみたいなベストを着て真っ白なピアノを弾くデニス・デ・ヤングが印象的で、いわゆる女子がワーキャー言うロックバンドではなかった感じです。
6枚目のアルバム『クリスタル・ボール』から参加したトミー・ショウという永遠の貴公子のようなギタリストがいたものの他のメンバーは地味でしたし、10枚目のアルバム『パラダイス・シアター』が実在するシカゴの劇場を舞台としたコンセプトアルバムであったので、なんとなく全体的に落ち着いたトーンのバンドに思えました。
洗練されたピアノイントロから始まるこの曲は、よくコントロールされたメロディーラインと分厚いコーラス、わかりやすいギターソロとボコーダーまで駆使したプログレッシブな魅力が時代を映しています。
活動10年目にして前作の9thアルバム『コーナーストーン』が全米第2位、前シングル「ベイブ」が全米第1位を取った勝負どころのタイミングに『パラダイス・シアター』のような企画アルバムをぶつけてきたのは並々ならぬが自信があったに違いないのです。
スティクス来日、NHKで放送された武道館公演
1981年あたりのアメリカでは、REOスピードワゴンなど地道に頑張ってきたバンドがパワーバラードでブレイクする現象が続きました。同様にスティクスのシングル「ザ・ベスト・オブ・タイムズ」も全米3位という十分すぎる結果でワールドツアーを後押しする役目を果たしました。
1982年に来日した際の武道館の模様はNHKの『ヤング・ミュージックショー』で放映され、翌週学校はこの話題で持ちきりだった記憶があります。
我がTHE JUGGLERでもこの辺りの年代の曲は「レッツ・グルーヴ」(アース・ウィンド・アンド・ファイアー)「堕ちた天使(Centerfold)」(J・ガイルズ・バンド)など数多くレパートリーに入れています。
日本でも大人気「ミスター・ロボット」
スティクスは翌1983年にアルバム『キルロイ・ワズ・ヒア』を発表、日本語で歌われた「ミスター・ロボット」で我が国での人気を不動のものにします。しかし、これをピークに残念ながらデニス・デ・ヤングとトミー・ショウの人間関係が悪化したらしく活動は停滞しました。
また、1990年にナイト・レンジャーのジャック・ブレイズ、テッド・ニュージェントらと作ったバンド、“ダム・ヤンキーズ” にトミー・ショウが参加したためスティクスの活動には呼ばれなくなりました。出足好調に見えたダム・ヤンキーズは2枚のアルバム後に自由人テッド・ニュージェントが脱退し空中分解を起こしてしまいます。
一度崩れてしまったかに見えたスティクスでしたが、1995年にトミー・ショウが奇跡の復帰をし、全盛期メンバーでの再結成が実現します。
しかし創設メンバーである双子のリズム体の一人、手首の硬いプレイで有名なドラマーのジョン・パノッツォが健康問題で降板し、1996年に帰らぬ人となってしまいました。追悼ライブとして新曲も披露されました。この模様を収録し1997年にリリースされたライブアルバムが『リターン・トゥ・パラダイス』です。
せっかくのリユニオンもこの数年後にトミー・ショウとの確執が原因でデニス・デ・ヤングが解雇され裁判沙汰になってしまいます。細かいことは知りませんがお互いの曲を演るだの演らないのだの、スティクスの表記をどうするのだの長いこと揉めていたようです。現在ではデニス・デ・ヤングがソロ、トミー・ショウがスティクスでそれぞれが活動しているらしいです。
ライブアルバム「リターン・トゥ・パラダイス」の解読してカバー演奏
私たちTHE JUGGLERがスティクスのカバー演奏をやる際は、この『リターン・トゥ・パラダイス』というライブアルバムの解読が大変重要になりました。
最小限の楽器編成であるもののメンバーの音楽的実力が遺憾無く発揮された佳作の音源です。とにかく上手いし無駄がないのです。同世代のボストン、カンサスを凌駕する出来栄えです。
もう一人のギタリスト、ジェイムズ"J.Y."ヤングのそつのないプレイと効果的なシンセの使い方、そして何よりも完璧なコーラスワーク。
高音の飛び抜けたパートを歌える人を “キャノンマウス” というらしいですが(例えばヴァン・ヘイレンのマイケル・アンソニーとかクイーンのロジャー・テイラーとか)、まさにトミー・ショウもキャノンマウスの持ち主です。
また、デニス・デ・ヤングの曲作り・歌唱力・鍵盤演奏力も魅力ですが、トミー・ショウのギターとコーラスがスティクスを一段高い層に押し上げていたことは、カバーをして初めて気づきました。
エクスプローラーという扱いにくいギターで縦横無尽にステージを走り回るロックスターと、最高の声をもつ孤高のシンガーがいなければ残念ながら僕らのスティクスではありません。
世界中のバンドマンを虜にした名曲「ザ・ベスト・オブ・タイムズ」
ここからは個人的な推論になります。80年代に活躍した邦楽の鍵盤入りバンドアーティストの多くはスティクスを下敷きにしていると思います。
ピアノやシンセの使い方、曲の構成、要点だけのギターソロ、カラオケユースのコーラスワーク、楽曲のサイズの無駄のなさ、A・Bメロ・サビの起伏感などなど。
このライブアルバムを聴けば聴くほど教科書としての発見が沢山見つかります。そしてこのフォーマットは最近の若いバンドにも生きています。
本人たちがスティクスを直接知らないとしてもその遺伝子を受け取っているのです。「ザ・ベスト・オブ・タイムズ」は80年代の “No.1パワーバラード” として世界中のバンドマンを虜にした名曲なのです。
THE JUGGLER渋谷有希子が語る「ザ・ベスト・オブ・タイムス」演奏の聴きどころ
まず、個人的にこの曲のピアノの音色が好きですね。こんな言い方が良いのか悪いのか、ちょっとだけ商業的なニオイのする、ややキラキラしたピアノの音。この音がイントロで鳴ると良い曲の “予感” がするんです(笑)。
Aメロは “イイ男オーラ” みたいなのが感じられてグッとくるな! というところで、人間味溢れ過ぎるドラムとコーラスが入ってくるところが個人的にツボです。
KAIKIくん(ボーカル)の、爽やかさと優しさの中に見え隠れする色気のある声質がピッタリで、ずーっと聞いていたい夢心地のところで、我々が人間味溢るるコーラスで現実に引き戻す、という(笑)。
私がよく聴く・聴いていた音楽のドラムがいかに加工されたものが多いか、と再認識するような生感のドラムの音色と “間”。これは松本淳さんのドラムじゃなきゃダメだな、って思います。
コーラスに関しては、キレイなコーラスを目指すならきっと録り直したと思うんですよ。それこそビブラートの重ね方まで考え尽くして。でもこれは違う。ピッチがどうこうではなくて、“生身を感じる” と言いますかね。このコーラスのおかげで一気に庶民的に感じられ親近感が湧きましたよ。あ、我々がカバーして再現度高まる曲だな、と(笑)。
ボコーダーが入るところも生演奏で再現したいところです。いや、一番最初に再現すべきはそこだったのかも、と思います。音色も見た目も非常に良いと思うので。機材とステージの広さの都合で現時点では生再現できていないんですけど。是非いつか大渡亮さんにやっていただきたい! ボコーダーの後にガツンとギターをかき鳴らしてほしいです!
Song Data
■ The Best of Times / Styx
■ 作詞・作曲:Dennis DeYoung
■ 発売:1981年1月19日(米国)
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2022.01.19