12月5日

松任谷由実「ダイアモンドダストが消えぬまに」80年代を生きる女性たちを優しく抱擁!

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荒井由実時代から通算19枚目のオリジナルアルバム、「ダイアモンドダストが消えぬまに」


『ダイアモンドダストが消えぬまに』は1987年12月にリリースされた松任谷由実のアルバム。荒井由実時代から通算19枚目のオリジナルアルバムとなる。

松任谷由実は結婚後初の『紅雀』(1978年)以降、アルバムを年に2枚というハイペースでリリースしていったが、『VOYAGER』(1983年)からは、その年の終り近くにニューアルバムがリリースされることが恒例となる。

「あの日にかえりたい」(1975年)などで脚光を浴びていた荒井由実だったが、結婚によってレコードの売り上げがやや低迷する。しかし、そんな時期にも精力的に創作活動を続け、『流線形’80』(1978年)『悲しいほどお天気』(1979年)などのその後も評価の高い優れたアルバムを次々と発表していった。そして1981年のシングル「守ってあげたい」のヒットで再び大きな注目を浴びる存在になっていった。

1980年代の松任谷由実は、『SURF&SNOW』(1980年)に対応させる形で夏の葉山マリーナ、冬の苗場のリゾートコンサートをシリーズ化させたり、オリジナルアルバムと連動した世界観をもつショーアップされたコンサートツアーを展開していく。

音源とライブを融合させて立体的に展開されていく松任谷由実の音楽表現は80年代をリードする新たなエンタテインメントとして若い世代を中心に支持を広げていった。

ワーキング・ウーマンたちが憧れる松任谷由実の音楽


この時代、松任谷由実のリスナーは世代を越えて広がっていったが、中でも特に、20代から30代の女性に強いシンパシーを感じていた人が多かったんじゃないかと思う。荒井由実の時代から、彼女が描く世界には生き生きと暮らし、恋をする都会の女性のさまざまな表情が描かれている。そんな女性たちの洗練されたライフスタイルに憧れる女性リスナーもけっして少なくはなかっただろう。

しかし、それは単なる憧れだけには終わらなかったと思う。1980年代の日本は経済的豊かさを増し、女性の社会進出も広がっていく。そして社会に出た女性たちは、男社会の現実と格闘しながらも自分なりの人生を切り拓いていこうとしていた。松任谷由実の音楽は、そんなワーキング・ウーマンたちが憧れるファッションアイテムであると同時に、彼女たちを励まし、次のステップに向けてそっと肩を押す役割も果たしていたという気がするのだ。

かつて歌謡曲やポップソングの女性は、愛されるのを待つ受け身の存在として描かれるのが普通だった。それが、70年代から80年代にかけて、それまでの男性の願望や思い込みを投影した清純なヒロイン像ではなく、女性シンガーソングライターを中心にはっきりとした意思や自己主張をもった女性が描かれることが増えていった。

松任谷由実の描く女性たちは強烈な自己主張をするというよりも、時代の流れに乗って最先端のオシャレなアーバンライフを楽しむというシチュエーションが多いと思う。けれど、その女性たちはファッショナブルなライフスタイルを堪能しながらも、ただ時代に流されているだけではなく、しっかりと自分の意思をもって主体的に生きようとしていることが伝わってくるのだ。

明日に向かう勇気をくれるアイテム


松任谷由実の音楽が描く女性たちは、経済的に豊かになっていく時代のなかで、さまざまな困難に直面しながらも新しい生き方を切り拓いていった1980年代の女性像をリアルに、そしてポジティブに描いていたと言えるだろう。

だからこそ、現実に1980年代の社会に生きる若い女性たちにとって、年末に届けられる松任谷由実のアルバムは、1年間頑張った自分に対するご褒美であると同時に、明日に向かう勇気をくれるアイテムでもあった。

ファッショナブルに時代と寄り添っているように見えながら、そこで息づく女性の想いをポジティブな方向にそっと誘う松任谷由実の音楽は。80年代の応援歌でもあったのだと思う。

タイプライターの音から始まる「月曜日のロボット」





『ダイアモンドダストが消えぬまに』も、リアルに1980年代を生きる女性をテーマにしたアルバムだ。たとえば、たとえばタイプライターの音から始まる1曲目の「月曜日のロボット」は、曲名にも象徴されているように、自分を押し殺して求められる社会のひとつの部品として仕事に向きあうワーキング・ウーマンの心情を描いている。一見、時代の先端で活躍しているように見えるけれど、その実態は仕事にやりがいを感じられず、自分の志と遠い日々を送らざるを得ない。そんな主人公の状況は、まさに、女性の時代と持ち上げられながらも、実態としては中途半端な仕事しかあてがわれずにフラストレーションを貯めていた多くの働く女性の現実を言い当てている曲だったと思う。

アルバムの中で「月曜日のロボット」と対になる曲が。1週間の仕事から解放されディスコの熱狂に溺れる週末の楽しさを描く「SATURDAY NIGHT ZOMBIES」だ。「月曜日のロボット」として過ごす鬱屈した日々の反動として思い切りハメを外す週末。これもまた都会の最先端の女性ならではのシーン。ディスコ映画『サタデーナイト・フィーバー』を連想させる曲名やマイケル・ジャクソンの「スリラー」を思わせる曲頭の狼の遠吠えなど、1980年代ディスコムードを演出しながらも、この曲の中からはそれでも満たされないものがあることが伝わってくる。

この他、アルバムタイトル曲である南半球でクリスマスを迎えるリゾートソング「ダイアモンドダストが消えぬまに」、恋人との切ない別れを描いた「思い出に間にあいたくて」「SWEET DREAMS」、逆に大切な人との絆をテーマにした「TUXEDO RAIN」、アルバム『VOYAGER』収録曲「ガールフレンズ」の続編で、結婚する女友達に向けた「続 ガールフレンズ」、恋する女性の衝動的な気持ちを描く「ダイアモンドの街角」、過ぎ去った日々を追憶する「LATE SUMMER LAKE」「霧雨で見えない」など、多彩な楽曲が収録されている。



どれも松任谷由実ならではの豊かなイマジネーションを感じさせるセンスあふれる曲で、それぞれの楽曲を単体で聴けば、いろいろなシチュエーションにおけるドリーミーなイマジネーションが広がっていく。けれど、「月曜日のロボット」と「SATURDAY NIGHT ZOMBIES」と並べられることで、これらの楽曲はさまざまな角度、そして深度から捕えられた80年代のリアルを生きるワーキング・ウーマンの心情の切片として受け取ることができる。

もちろん甘い夢も見るし、楽しいことにも憧れる。けれど、ここで描かれる女性たちはそれぞれ自立した存在として悩み多き日々に立ち向かっていることが感じ取れるのだ。

アルバムジャケットのフェミニンな美しさ


アルバムジャケットには11人の美脚の女性像がパターン模様のように並べられている。1950年〜60年代であれば、このビジュアルは男に媚びる女性の魅力のアイコンのひとつと受け取られるものだろう。けれどアルバムを聴くと、このジャケットのフェミニンな美しさは、必ずしも男に媚びるためのものではなく、彼女達の自己表現としての装いという意思を感じるのだ。

『ダイアモンドダストが消えぬまに』を聴き直して改めて感じたのが、サウンドそのものからも80年代後期の匂いが伝わってくることだ。これは80年代サウンドの立役者であるシンクラヴィアを積極的に取り入れて音作りをおこなっているからなのだけれど、今聴くとこのサウンド自体も1980年代のワーキング・ウーマンのリアルを伝えるアルバムの重要な要素になっていると思える。

さらに『ダイアモンドダストが消えぬまに』に込められたメッセージをもう少し深読みすれば、この時代のワーキング・ウーマンだけでなく、バブル経済の絶頂期に向かおうとする日本社会そのものに対する警鐘のニュアンスも感じられる。

そして松任谷由実は、『Delight Slight Light KISS』(1988年)、『LOVE WARS』(1989年)、『天国のドア』(1990年)と続くアルバムにおいて、『ダイヤモンドダストが消えぬまに』で見せていた、リアルに1980年代を生きる女性たちを優しく抱擁し、日常の殻を破って新たなを世界を見出す可能性に向けてそっと肩を押す姿勢を、より強めていった。

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2023.11.27
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カタリベ
1948年生まれ
前田祥丈
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