7月1日

ウォークマン誕生!エンタメ企業としてのソニーを考える ー 井深大・盛田昭夫 篇

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ポータブルカセットプレーヤー、ウォークマン(初代)が発売された日
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今年、2019年は SONY「ウォークマン」が発売されて40周年に当たるという。

“音楽を持ち歩く” という商品のコンセプトは、音楽とリスナーの接点を変えただけでなく、音楽の消費スタイルまでも変えてしまい、強烈なインパクトを音楽業界にもたらした。

かつて日本のエレクトロニクス市場は、松下、東芝といった家電製品が牽引していた。その中にあって SONY という企業は、冷蔵庫や洗濯機といった、いわゆる白物家電を全く作っていない。元はと言えばラジオとテープレコーダーの会社という印象である。それがオーディオや通信事業を軸に発展し、情報機器、ロボットなど可視化された製品から、CMOS イメージセンサーや FeliCa といった基礎技術に至るまで、国内のインフラに関わる技術をもった企業としても成長を遂げた。

もちろん経営論的に言えば、常に右肩上がりでここに至ったわけではなく、黄金の80年代から、2000年代以降の失速まで… それは創業世代から次世代へ継承できなかったモノづくりの精神だったり、アップルになり損ねた企業として採り上げられたりしたことからもわかるだろう。とかくビジネス誌のネタには事欠かなかった企業でもある訳だが、ここは音楽サイト Re:minder、それを語る場ではない。エンターテインメント企業としての側面から、捉えるのが相応しいと思うのだ。

まだ “カセット” だったウォークマン初号機(TPS-L2)を近所の家電量販店で試聴した時の衝撃を私は忘れることができない。それまでにない軽い掛け心地のヘッドフォンと臨場感のあるステレオサウンド。それは、一瞬店内の BGM が変わったのかと錯覚し、ヘッドセットを外して聴き直すほどのものだった。音楽が家の中のステレオセットで鑑賞するものから、屋外へ持ち出し BGM的に聴き流せるものに変貌していく瞬間でもあった。

元々、予兆はあったと思う。当時アメリカ西海岸のライフスタイルがよく雑誌に紹介されていたが、その中には有名なベニスビーチを(シャープのザ・サーチャーのような)巨大なステレオラジカセを肩に担いでローラースケートを楽しむ若者やヘッドフォン型ラジオを聴きながらキャンパス内をジョギングする UCLA の学生の姿があった。そう、音楽を持ち歩くというニーズはあった。しかし日本のプアな道路事情と FM環境ではそれは適わない。だが、ハードでそれを乗り越えるべき時が目前に迫ってきていた。

ウォークマン開発には井深大、盛田昭夫という2人の創業者が直接関わっている。井深は海外出張などの際、機内で音楽を楽しむために「カセットデンスケ」という製品を愛用していた。これは屋外の自然音などを臨場感あるステレオ録音・再生を可能にしたその筋では定評のある高級機であったが、常に持ち運ぶにはさすがに負担があった。井深は録音など出来なくて良いから、もっとコンパクトなものに出来ないかと開発部門へ話を持込み、試作機を作らせた。試作機を聴いた井深はその出来のよさに感心して、盛田に見せに行ったところ、それが盛田の琴線に触れ、すぐさま商品化につながったという。

時は1979年、既に春の便りが待たれる2月、これを若者に売り込むことに決めた盛田は、夏休みに入る7月までに市場投入することを命じた。このエピソードは SONY のホームページにも紹介されているのだが、時代を動かすエポックな商品というのは、得てして突貫工事で実現するものなのかも知れない。それだけタイミングが重要だということだろう。

当時 SONY には『JUST IN YOUNG』という、店頭で無料配布されるユーザー紙があったのだが、かつて BCL(短波による国際放送)にはまっていた私は、愛器「スカイセンサー5900」のダイアルを捻りながら、それを情報源として読み耽った。

インターネットも無い時代、新製品の情報はそういったところから知ることが多かったが、ウォークマンについても例外ではなかった。街頭で行なわれた試聴イベントのレポートが掲載されていたが、皆一様に音質の良さについて、驚きのコメントを寄せていた。だが、いかんせん商品が新しすぎたのか、録音機能の無いカセットプレーヤーをどう使えば良いか、人々はイメージすることができなかった。

創業33年に合わせて33,000円に設定された価格は、単機能のオーディオプレーヤーとしては微妙な価格で、当時の中学生にはお年玉を貯めても手の届く価格ではなかった。SONY 社員はプロモーションを兼ねて、ウォークマンを聴きながらホコ天を歩き、交代で山手線に乗り続け、道行く人たちにその姿を見せ続けた。

努力の甲斐あって、ウォークマンが徐々に市場に浸透し始めると注文が殺到。初回生産分をわずか2ヶ月で完売し、以降6ヶ月にわたって、バックオーダーを抱え続けるヒットとなった。その後は後発の参入もあって市場が拡大。だがウォークマンのシェアが揺らぐことは無かった。世界中で愛され、発売10年で累計5000万台も販売され、その名称がウェブスターの辞書にまで掲載されたことは広く話題となった。

SONY グループの発展は、このウォークマンを発案し市場投入を決断した井深大と盛田昭夫という2人の創業者によって成されたことはあまりにも有名である。だがさらなる成長の礎を築いた人物として、大賀典雄の存在を忘れてはならない。


つづく。

2019.03.28
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