ポップン・ロールのマエストロ、杉真理との出会い
“ポップン・ロール” のマエストロ、杉真理さんのソロとしては3枚目のアルバム『STARGAZER』は1983年4月21日に発売された。
この『STARGAZER』発売40周年のアニバーサリーとして行われた今回のコンサートの話をする前に、わたしと杉さんの音楽との出会いからこの日までの40数年を簡単に紹介しておこう。
杉真理さんの音楽との出会いは、『STARGAZER』から遡ること2年半前の1980年。「Catch Your Way」をラジオで聴いたのが最初だった。1982年の春頃に『NIAGARA TRIANGLE Vol.2』を聴き、そのポップで人懐こく心地良い作品から好きになっていった。彼がビートルズマニアだとわたしが知ったのはもう少し後のことだ。『NIAGARA TRIANGLE Vol.2』への参加もあり、当時の高校生・大学生の間では杉真理さんは結構人気があった。
最初に杉さんのステージを観たのは1984年、大学1回生の時。友人が実行委員をしていた大阪大学医学部の学園祭で杉真理さんのコンサートをはじめて観ることになる。『STARGAZER』の次のアルバムである『mistone』が出た後だった。この場所は、現在は大阪中之島美術館になっている辺りだ。
2000年代以降、わたし自身が自由に動けるようになり、首都圏の小規模なライブハウスや中小のホール、2021年武道館での『風街オデッセイ』を含めて杉真理さんのステージを少なくとも10数回は観てきた。ただ、1,000人規模のちゃんとしたコンサートホールで、ソロの杉真理さんを観るのはわたしにとっては初めてだった。
「いとしのテラ」にて開演。80年代の杉真理スマッシュヒットの数々
お待たせしました。ここからコンサートのお話です。
2023年4月22日。横浜から赤い京急に乗って1時間あまり。相互乗り入れ先の京成青砥駅で電車を降り、この日の会場、かつしかシンフォニーヒルズ・モーツァルトホールに。
開場前に来たにもかかわらず、自伝本やトートバッグ等のグッズ目当てのファンが既に結構並んでいる。わたしも半月後に出る杉真理さんの自伝本(『魔法を信じるかい ミスターメロディ・杉真理の全軌跡』DU BOOKS刊)の先行発売のためにグッズの列に並んだひとりだ。こちらはわたしの数人前で早々に売り切れた。その後すぐ手元のiPhoneでロビーの写真を撮り、書籍の予約をした。客層の中には比較的若い人も目立つ。
2022年11月末にリリースされた、杉真理さんが作曲した提供曲集が流れるコンサートホール。神田沙也加さんがSAYAKA名義で録音した未発表曲「パラソルと約束」も流れていた。どの曲も人懐こいメロディが印象に残る。
そして17:00、「いとしのテラ」にて開演。最初の数曲は80年代前半の杉さんのスマッシュヒットが中心だ。わたしが杉さんに出会った「Catch Your Way」や、高2の春に学校をさぼって祖母宅でFMをかけていたときに撃ち抜かれた「夢みる渚」も披露された。
2階席から見るステージは、初期のビートルズを思わせる、ロックスターのライブそのものだ。スーツでギターを持って歌い、最後にジャーン! ときめる杉さんと仲間のミュージシャンたち。歌も演奏も抜群だ。客席も1階席は1曲目から総立ちで超盛り上がっている。2階席のわたしは後列に気を使って立つのは控えていた。
杉さんは多数のアーティストに作品を提供している。2022年11月末には提供曲から116曲をピックアップして全曲にコメントを付した6枚組BOX『ミスター・メロディー』を発表した。
今回のステージでも提供作品の中では代表曲と言える石川さゆりさんがSAYURI名義で発表した「ウィスキーが、お好きでしょ」、そして竹内まりやさんのファーストアルバムに収録された「Hold On」をこの日に披露した。
この日のメインとなる「STARGAZER」全曲再現
そしてこの日のメインである『STARGAZER』全曲再現のコーナーに。
まずはA面から。演奏の前に、杉さんはA面の6曲それぞれに印象的なコメントを残した。
「素敵なサマー・デイズ」で、歌詞に出てくる「B・L・T」(1983年当時、BLTサンドイッチはまだ広く知られていなかった)が新種のクスリと勘違いされたこと。
「OH CANDY」のフリューゲルホーンが数原晋さん、他にもSaxのジェイクさん、アレンジの大谷和夫さん、みなさんお亡くなりになられたけど素晴らしい音を聴かせてくれたこと。まさかこの作品を40年後に再演するとは思わなかったこと。
歌に入る前に口にした喩えが面白かったので記しておく。
――“両親の目の前で女の子を口説くような緊張感”
そう。このアルバムを知る客席の大多数は、曲順もどんな曲かも全部知っているわけで、とんでもない緊張感のなかで演奏を行うことになる。傍目には全然緊張しているようには見えなかったのだが、そこは長年のキャリアの賜物だろう。
「SHOW GOES ON」~「スキニー・ボーイ」~「素敵なサマー・デイズ」。一呼吸おいたような「OH CANDY」~「風の季節」。そして「内気なジュリエット」。
超ゴキゲンなホット・ロッドナンバー「素敵なサマー・デイズ」では、2階席のわたしも着座のまま自然と身体を動かしていた。「風の季節」でのベースとヴォーカルだけになる場面では、その凛とした雰囲気に鳥肌が立ち、涙が頬を伝う。
アナログLPのA面が終わったところで、杉さんは「どうもありがとう! ちょっと休憩」そんな言葉を残してステージを降りた。レコードのA面 / B面をひっくり返すように、間に休憩を挟むというのはよいアイデアだと個人的に思っている。若々しく見えるが、1954年3月生まれのうお座の杉さんは御年69歳。他のミュージシャンもそれ相応の年齢で、聴いている私たちも還暦が近いのだから、当然と言えば当然だ。
SF的なコンセプトで作られた「STARGAZER」だが、ライブで聴くと…
15分の休憩後、杉さんとミュージシャンのみなさんは同時にステージに帰ってきた。A面と同様、B面の6曲についても印象的なコメントを残した。杉さんのお喋りは本当に楽しい。
未来から見た80年代を歌ったけど、時のたつのは早いね―― というMCが添えられた「懐しき80’s」。
「春が来て君は…」は井上鑑さんの弦アレンジの素晴らしさ、レコーディングしながらトラックダウンしていた日々のこと。
シングルの力が大きいと思った最近のエピソード。ゲスト出演したライブハウスの楽屋が混んでいて、トイレの個室で着替えていたら、酔客が「バカンスはいつも雨」を歌いながら入ってきた! その日は演らなかったのに、出ていって続きを歌えば良かった、と。
10数年前のライブのアンケートで、良かった曲は?という質問に「あの鐘を鳴らすのはあなた」と書かれた「スクールベルを鳴らせ!」。
そして、学生時代の音楽仲間の結婚式で聞いた神父さまの言葉に感動し、そのまま歌詞にした「君は天使じゃない」。その音楽仲間の女性が去年の今頃亡くなったこと。
この話の後に演奏が始まった。「サスピション」~「懐しき80’s」~「春が来て君は…」~「バカンスはいつも雨」~「スクールベルを鳴らせ!」~「君は天使じゃない」と続く。
『STARGAZER』はSF的なコンセプトで作られたアルバムだが、ライブで聴くと意外なほどに肉体的に響く作品に聴こえるのがこの日の醍醐味だったと思っている。これまで何気なく聴いていた「君は天使じゃない」については、ハンドマイクを持ってヴォーカリストに徹する杉さんの歌声とその歌詞に、わたしは涙が止まらなかった。
B面の演奏が終わり、誰もいなくなったステージ。
鳴りやまない拍手からのアンコールで再び杉さんとメンバーが登場。『NIAGARA TRIANGLE Vol.2』収録の「NOBODY」、から。85年の「K氏のロックン・ロール」… ノリノリの、ポップン・ロールをこれでもかと繰り出す杉さん。
どこを切っても人懐こくてポップなメロディ
そして未発表・音源になっていない新曲も。「It’ s Show Time」は、大谷翔平さんの応援ソング。“大谷翔平さんのWBCでの活躍は凄かったですね!” とマーチング的にはじまる楽しいポップス。杉さんはエレキギターをバットに見立ててホームランの振り! 客席もそれを受けて盛り上がること。わたしはこの場面で、ポップミュージックのあるべき姿を見たような気がした。
「Starship」で大盛り上がり。ダブルアンコールでは8月のソロライブ予定の発表から、ラテン系の「太陽が知っている」“みんなにいい波が来ますように!” という言葉を残して最後は「WAVE」で幸せな終演を迎えた。演奏が終わり、最後にステージメンバーみんなで万歳!
美味しいメインディッシュの後に、美味しいデザートをたらふく戴いたようなアンコールだった。
どこを切っても人懐こくてポップなメロディは、そのお人柄を表しているようだ。杉さんは、“とにかくいい人” というのが、ラジオを聴いていてもインタビューを読んでいても思うのだ。この日も何回「ありがとう!」という言葉を聞いたことか。
「ビートルズが好きでよかった」という杉さんの言葉が刺さる。付き合いの古い順にメンバー紹介を行った後、NHKラジオで再開したディスカバー・ビートルズに関する話を挟み、この日の5曲目「My idol」の紹介として言った言葉だった。
杉真理さんは大学時代に音楽活動を開始してから45年、懐メロシンガーにはならずに精力的に新曲を作りわたしたちに届けてくれる。
このコンサートのチラシには「伝説的ポップミュージック」と書かれていたが、伝説になってしまうには、杉真理さんはまだまだ早すぎる。1983年に、未来から1980年代を俯瞰し懐かしむ作品「懐しき80’s」を発表してから40年。その未来に、いまの私たちは立っている。杉さんもわたしたちも、メリーゴーラウンドのように、まだまだ回り続けている。
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2023.05.06