1980年代、ダウン・トゥ・アースから都市型ライフスタイルへ
80年代の洋楽の主役はラブバラードである!
そう断言できるのは、70年代から80年代へ、人々の生活様式や心の拠り所に大きく変化していることに由来しているのではないでしょうか。70年代を思い出してください。清里ブームに宇宙博。海外旅行がまだまだ高嶺の花だった時代。人々は自分たちの日常とは異なる場所に思いを馳せていました。まさにダウン・トゥ・アースの時代でしたね。
しかし、80年代に入ると、豊かさに慣れた人々の意識は、背伸びしたアーバンなライフスタイルを求め、安らぎや刺激といった心の渇望をすべて都市で満たしたいといった意識の変革がありました。
70年代の終わりから80年代のはじまりにかけて、ニューヨーク州が行った観光キャンペーン「I LOVE NEW YORK」では、このキャンペーンのために作られたロゴマーク「I♡NY」が日本でも大人気となり、ニューヨークの夜景と併せたキャラクター商品がヒットしました。
人々は大都会の夜景に思いを馳せました。これもまさに都市型ライフスタイルへと変貌してゆく象徴であり、この夜景に似合うソフィスケートされたバラードに人々の関心が集まるのも当然だったと言えるでしょう。街の夜景とカクテルグラス。そしてそんな場面を演出するラブ・バラードは時代を映す鏡のようでもありました。
タワーレコード選曲のコンピレーション「Love Ballads-80’s Edition」
11月27日にソニーミュージックレーベルズよりリリースされたコンピレーション『Love Ballads-80’s Edition』は80年代という豊潤な時代の安らぎを演出した定番のバラード全18曲が収録。洋楽を知り尽くしたタワレコ選曲によるラグジュアリーな1枚となっています。それでは、このアルバムに収録されたいくつかの曲を挙げながら、当時の情景を思い出してみましょう。
ディスコで、プールバーで、シティホテルで、車のカーステレオで、私たちのライフスタイルを色鮮やかに演出してくれる街のあらゆる場所で、時にはヴォリュームを絞りしっとりと流れていたラブバラード。まだまだ恋に不器用な若者だった自分にとって、思いっきり背伸びをして青春を謳歌していたあの時代の1コマ1コマに欠かせないパートナーでした。
鮮やかに蘇える、心の奥底で忘れかけていた情景
恋の演出には欠かせない80年代を代表する歌姫、ホイットニー・ヒューストンのデビュー作にしてゴールドディスクに輝いた名盤『そよ風の贈り物』に収録され、彼女を一躍スターダムにのし上げた名曲「グレイテスト・ラヴ・オール」や、鈴木雅之、杉山清貴などにもカヴァーされ、日本人の琴線に触れる名曲、ジョージ・ベンソンの「変わらぬ想い(Nothing's Gonna Change My Love For You)」など、しっとりとしたメロウなメロディを聴けば、あの頃の街の風景、流行だったファッション―― ボートハウスのトレーナーやトップサイダーのデッキシューズ、肩にかけたセーターやアイビールック、ハマトラファッション―― そんな心の奥底で忘れかけていた情景が鮮やかに蘇ってきます。
また、当時ディスコで踊っていた人にとっては、80年代の半ばチークタイムの定番であったマイク・レノ&アン・ウィルソンのデュエットソング「パラダイス」も忘れられないはず。映画『フットルース』のサントラに収録されたことで大ヒットを記録したこの曲を聴いて、ディスコのチークタイムを思い出すかもしれません。
灯りが落ちたミラーボール、ほのかに香るコパトーンのココナツの香りを感じながら肩を寄せ合う男女。そして、インターネットはおろか携帯もなかった時代。ディスコで知り合った女の子の電話番号をDJブースの脇にあったリクエストカードにメモして、ドキドキしながら公衆電話からコールしたという甘酸っぱい懐かしさが胸いっぱいに広がります。
日常を贅沢に演出してくれた魔法のラブバラード
しっとりとしたメロウな趣きがラブバラードの本領ではありましたが、私たちの日常をリラックさせてくれた清涼感溢れるバラードも忘れてはなりません。三菱自動車CMに使われていたクリストファー・クロス「ニューヨーク・シティ・セレナーデ」を聴き「なんて都会的で美しい声なんだろう」と思った人も少なくないはず。この曲が洋楽の入口だった人も多いでしょう。慌ただしい日々の中アーバンなひとときをもたらせてくれた清涼感も80年代に欠かせないものですね。
そんなサウンドにも私たちは酔っていました。他にも当時ペパーミント・サウンドと呼ばれた爽やかなハーモニーが魅力のエア・サプライ「渚の誓い(Making Love Out of Nothing At All)」や、北アメリカ大陸の乾いた空気と凛とした冬の寒さを感じさせてくれるA.O.Rの名曲シカゴ「素直になれなくて(Hard to Say I'm Sorry)」など、私たちの日常を贅沢に演出してくれた魔法のようなバラードの数々は、今も全く色褪せていません。そして、80年代の始まりに全ての若者のアンセムだった「いとしのエリー(Ellie My Love)」のレイ・チャールズカバーがラストに収録されているという憎い演出も、このアルバムの普遍性を物語っています。
あの頃青春を謳歌した若者たちも、今では年を重ね、家庭に、仕事に、我を忘れた多忙な日々を送っているかもしれません。だからこそ思い出してください。あの頃の歌 “バラード” を。あの頃の胸のときめきが心の奥底で燻っていませんか? 80年代の美しい旋律と歌声は、あの頃と同じ心象風景を今も心に描いてくれるはずです。
2020.12.13