3月5日

大人のシンガー髙橋真梨子 ♪ ペドロ&カプリシャス「ジョニィへの伝言」から50年!

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髙橋真梨子のシングル「for you…」がリリースされた日
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3月6日が誕生日。独特の存在感を持つ髙橋真梨子


3月6日は髙橋真梨子の誕生日。派手な話題はけっして多い人ではないけれど、改めて日本の音楽シーンのなかで独特の存在感を持った人だなぁ… と思う。

どちらかと言えば僕は、フォークやロックのフィールドから日本の音楽シーンを見てきたので、歌謡曲に対しては “ひとつ向こう側の世界” という感覚があった。

けれど、そんな “向こう側の世界” にも美空ひばりや三橋美智也など、否応なく認めざるを得ない才能も存在したし、“向こう側” と “こちら側” の境目にいると感じられるアーティストも存在していた。

1971年に「別れの朝」でデビューしたペドロ&カプリシャスもそんな境目を感じさせるグループだった。それは、テレビをメインにした歌謡曲フィールドで活動しているように見えても、ベースにしっかりとした洋楽的感覚をもったバンドだったということもあった。

だから、熱心にフォローしていたわけではないけれど、彼らの活動には一目置いていたから、初代ヴォーカリストだった前野耀子が1973年に脱退して、髙橋真梨子(当時:高橋まり)が2代目ヴォーカリストとして加入したことも知っていたし、彼女がウォーカルをとった「ジョニィへの伝言」「五番街のマリーへ」(1973年)などの一連のヒット曲もけっこう好きだった。





もちろん、作詞:阿久悠、作曲:都倉俊一による楽曲の力もあったけれど、なによりこの “無国籍” なテイストの楽曲を伸びやかに、そしてドラマティックに歌い上げる髙橋真梨子の歌に魅力があった。

ソロデビュー曲「あなたの空を翔びたい」、作詞・作曲は尾崎亜美


髙橋真梨子は1978年にペドロ&カプリシャスを脱退しソロ歌手として活動をスタートさせる。ちなみにソロデビュー曲「あなたの空を翔びたい」は尾崎亜美が作詞・作曲をしている。

正直言って、この当時の彼女にはあまり印象がないし、彼女のソロ転向がメディアで派手に取り上げられたという記憶も無い。おそらくそれはそのソロデビューが、制作側のビジネス的な仕掛けではなく、彼女自身の強い意志によるものだったからなんじゃないかと思う。

髙橋真梨子は、家庭の事情もあって早くから本格的な歌手デビューを目指していた。高校生の時に渡辺プロダクションに入り、スクールメイツにも参加するなどそれなりの活動をしていたが、自分が目指している歌手活動とは違うと感じ退社するなど、その意志は強いものがあった。ペドロ&カプリシャスへの参加も期間限定のつもりだったが「ジョニィへの伝言」のヒットですぐにはやめられなくなったという事情もあったようだ。

ソロ活動をスタートさせた髙橋真梨子はコンサートを活動の中心に置き、テレビなどの露出はほとんど行わなかった。僕にとってこの時期の彼女の印象が薄かったのも、メディアで接する機会がほとんど無かったせいも大きかったのだろうと思う。

しかし、必要以上に時流を意識せずに、自分のハウスバンドをもってライブ中心の表現スタイルをしっかり固めていったことで、その後の彼女の活動を揺るぎないものにすることができたのではないか、そんな気がする。改めて思うけれど、それは同じ時代にしっかりと自分のスタイルを確立して時代に足跡を残していったアーティストと同じ姿勢だったと思う。

彼女ならではのシンガーとしてのスタイル、そして表現のクオリティを追求することで、髙橋真梨子はまさにオンリー・ワンの存在となった。

髙橋真梨子のブレイクのきっかけになった「for you…」


「あなたの空を翔びたい」に続き、やはり尾崎亜美が手掛けた「ハート&ハード〜時には強く時には優しく〜」などコンスタントに楽曲を発表していくが、大きな反響は得られなかった。しかし、シングルのセールスがそれほど伸びなかったのに対して、アルバムは確実に売り上げを伸ばしていった。

それは、彼女の曲がテレビなどのメディアで新曲としてプロモーションされるのではなく、ライブを通じてリスナーに浸透していき、また聴きたい曲として親しまれていったということだ。こうした売れ方にも当時のブレイク前のアーティストと通じるものがあって、彼女の活動が歌謡曲歌手と一線を画していたということを物語っていると思う。

髙橋真梨子のブレイク曲は1984年に発表された「桃色吐息」(作詞:康珍和、作曲:佐藤隆)だが、その前に大きなきっかけとなったのが1982年に発表された「for you…」(作詞:大津あきら、作曲:鈴木キサブロー)だ。

「for you…」はけっして派手な曲ではない。むしろ音の移動が少ない長めのAメロなど単調な印象もある。しかし、髙橋真梨子はこのモノローグパートで主人公の心の動きの微妙な変化を見事に表現して、聴き手を曲に弾き込むことに成功している。そして、このタメから「あなたが欲しい」という叫びとのコントラストがとても印象的なものになる。まさに彼女の歌手としての力量が遺憾なく発揮された楽曲だ。

あえて言えば、事前にこの曲があったから髙橋真梨子は「桃色吐息」のブレイク時に “一発屋” ではなく、実力派にようやくスポットが当たった、と受けとられることができた、とも言えるのではないかとも思う。



「for you…」はまさにライブで聴きたい曲だった。だから、シングルとしてのセールスはそれほどではなくても、ライブの定番曲として時代を越えて愛されていったのもけっして不思議ではない。

髙橋真梨子のステージにリピーターが多い理由とは?


髙橋真梨子には「for you…」以外にも「ごめんね」など、ステージでじっくり聴かせるレパートリーが多い。決して派手なステージ演出をしなくとも、その歌とバンドのアンサンブルの表現力によって、リスナーの心の中にいくつものドラマを描いていく。そんな彼女のライブからは、話題性とは関係なく純粋な “満足感” を受け取ることができる。だからこそそのステージにはリピーターが多いのだと思う。

僕も何回か髙橋真梨子のステージを観ているけれど、どれもとても満足度の高いものだった。

自ら歌詞を手掛けることもあるが、髙橋真梨子はシンガーソングライターではない。彼女は、歌手としての類いまれな表現力によってステージで曲を成長させていくアーティストなのだと思う。歌詞の世界に入り込んでいく深さ、そして繊細でいながらドラマティックな感情表現。彼女のような純度の高い “大人の心の機微” を最初から歌い続けている歌手は、実は日本ではあまり多くないのではないだろうか。

その意味で髙橋真梨子は日本を代表するAORシンガーなのだと思う。

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2023.03.06
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  YouTube / 髙橋真梨子


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カタリベ
1948年生まれ
前田祥丈
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