打ち込みでなく人力でアニソンを再現するというこだわり
ーー アニソンをステージ上で見事に演奏して “魅せる” 奇跡のアニソンカバーバンド、毛利泰士とザ・ベスト(通称:モリザベス)。バンドを立ち上げた毛利泰士は、自らを “ただ好きでカバーしているだけの人間” と語るが、もちろんただのアニソン好きおじさんではない。
その正体はプロのミュージシャン。楽曲制作において、生演奏以外のパートをプログラミングし、レコーディングやライブの現場でその音源を操作するマニピュレーターの第一人者だ。坂本龍一のシンセオペレーターとして活動するほか、槇原敬之、福山雅治、藤井フミヤなど、日本を代表するアーティストのプログラミングや作曲・編曲に関わってきた。
ゆえに、オリジナル・スコアが残っていないアニソンをコンピュータで再現することは、いくらでも可能なスキルを持っている。にもかかわらず、モリザベスのステージでは、ギター、ベース、ドラム、そして4人のホーン隊など、計11人もの大所帯で生演奏をしているところがポイントである。
毛利泰士(以下:毛利):こういう音楽をやるにあたって、コンピュータを使わないで全部を人力でやるんだという方向に振り切ってることは、すごくでかいと思うんですよ。みんなでバタバタやるということに、すごくこだわりを持ってやってるんです。
ーー これが、モリザベスの美学だ。
ーー そもそもの始まりは2021年。プロとしてキャリアを積み上げ、毛利自らが音楽家としてピークに達しているという実感を覚えた頃に、コロナ禍が始まってしまった。
毛利:活動がすべて止まってしまった時に、子供のころに親しんでいたけど、20代や30代では表現できなかったアニソンが、今の自分だったらできるんじゃないかというタイミングが来たんです。
ーー 当時40代の毛利はそう感じたという。そして最初にやったことは、昔好きだったSFアニメ『超人ロック』の主題歌「星のストレンジャー」を1人で多重録音し動画でアップすることだった。
毛利:ちょうどその時に、KAZUKOちゃんがやってるバンドがタイムボカンの曲をカバーしてる動画をアップしていて。
ーー KAZUKO(梶原健生)とは、モリザベスが誇るメインボーカルのひとり。毛利同様、プロのミュージシャンだ。ギタリストとして、なにわ男子、島谷ひとみ、家入レオなどのライブやレコーディングに参加してきたキャリアを持つ。毛利はそのKAZUKOに声をかけ、さらにはKAZUKOバンドのドラマー、原 治武の紹介で現メンバーの大半が集まった。原もまた、名だたるミュージシャンのレコーディングやライブに参加してきたプロであり、彼によって集められたメンバーもまた、プロばかりである。
女性ボーカリスト・コテカナこと、小寺可南子が加入
ーー 初めてのライブに訪れた客はわずか18人だったが、こういった音楽が演奏できて、実際の音となって出てきたことに毛利は大きな感動を覚えたという。
毛利:ライブがあまりに楽しかったんで、もう1回やろうってなった時にコテカナを誘って、どうせだったらちゃんとYouTubeに上げようってマルチ録音するようにしたんです。
ーー コテカナとはモリザベス3人目のボーカル、小寺可南子だ。毛利が、次のライブではサンライズ系の音楽をやりたいと考えていたそのタイミングで、たまたま “ダンバインとかバンドで歌いたいな~” とXにアップしていたのがコテカナだった。そのポストと彼女のYouTube映像などを見て、毛利が勧誘したのだ。
コテカナも、もちろんプロのボーカリスト。CMソングなど多くの作品に携わるほか、ゲーム音楽バンドのボーカルとして幅広く活動したり、テレビアニメ作品やアーティストへの楽曲提供など、作詞家としても活躍中だ。そんなコテカナが加わり、YouTubeの音源を丁寧にアップしていくと、みるみるうちに再生回数が伸びていった。登録者数は約1年で1万人を数え、いよいよ毛利は本気でモリザベスの活動に注力するようになっていったのだ。

ーー アニソンの多彩な曲を再現するにあたり、メインボーカル3人体制は、必然だったといえよう。稀にドラムの原もメインボーカルを務めるので、正確には4人だ。
毛利:シンプルに言えば、高い曲は僕の方が出るんですね。で、低い曲はKAZUKOちゃん。音域で言えばそうだし、あとは串田アキラさんのように、がなって歌わないとハマらない歌は僕。KAZUKOちゃんは声にふくよかな艶があるんですよね。声の質が違うんで一緒に歌ったらちゃんと混ざるし、僕たち。
ーー 違う声質できれいに混ざり合う男声2人と、圧倒的な歌唱力を持つ女声のボーカル。こうして、モリザベスはYouTube動画の再生数を伸ばしていった。ライブ会場も、当初は狭いステージでぎゅうぎゅう詰めになって演奏していたが、いつしか彼らに相応しい広さの会場に。わずか18人の客からスタートしたバンドは、気が付けば結成から4年目で800人のホールを埋めるだけの人気を博すようになっていた。
Photo:坂本夏樹
YouTubeのチャンネル登録が一気に5万人に
ーー 選曲の妙も、モリザベスの魅力だ。メジャーなアニソンだけでなく “それをやるか!” というマイナー曲まで、彼らはどこまでも追い続ける。聴く者にとっては、長年開いたことのなかった心の引き出しがバンバン開く瞬間である。
毛利:ライブも3回、4回とやっていくと曲がマニアックになってくるじゃないですか。そうなると、バンドメンバーもほとんど知らない曲になってて。“こんな曲やってうけるの?” みたいなモードになっちゃって。
ーー 毛利はメンバーに “騙されたと思って1回やってくれ” と懇願し、「宇宙空母ブルーノア 〜大いなる海へ〜」(作品名:宇宙空母ブルーノア)や「テクノボイジャー」(科学救助隊テクノボイジャー)などの曲を披露すると、客席が大いに盛り上がった。バンドメンバーも驚き、そして納得。それが2024年頃だ。
毛利:ちょうどその頃からYouTubeの再生数が伸び出して、ライブも110席のツーデイズがあっという間に売り切れちゃったんですよ。そこですね、1番大きかったのは。今は次のライブで演奏する曲をメンバーが持ち寄ってくるようになりました。
ーー この時期に “これもう、人気出ちゃうやつだ” と、毛利は思ったようだ。YouTubeのチャンネル登録は、一気に5万人まで膨れ上がっていた。
プロが本気で遊んでいるからこそ生み出されるクオリティ
ーー モリザベスの持ち歌は現在、動画をアップしていないものも含めて約120曲。バンドスコアなどそもそもないため、彼らは耳コピでこれを再現する。
毛利:全員が揃ったリハの時に、せーのでドンって合わせてみると大体設計図通りにちゃんとなってるところが、バンドとしてのすごさだと思いますね。
ーー モリザベスはボーカルがバンドの演奏に “寄せて歌う” スタイルであるように、演奏も同じく完コピではない。そう、モリザベスとは第一線で活躍するプロミュージシャンが本気で遊んでいるバンドなのだ。演奏するだけでなく、ステージで心から楽しむことも含め、その姿はまさにプロフェッショナルである。
毛利:4年間でこんなにたくさんの人に聞いてもらえるようになって感無量ですが、素晴らしい楽曲とアニソンの歴史あってこその活動なので、今後もこういう文化を繋いでいけるように。微力ながら活動していきたいと思います。
アニソンを文化として未来に繋いでいくために、今できること
ーー アニソンを文化にしたいという思いが、毛利の根底には流れている。
毛利:アニソンって基本的にはアニメの作品ありきなので、音楽主導で生まれるわけではありません。作品の方もある程度成功しないとアニソンも残らないというような複雑な部分もいろいろとあって一概には言えないんですけど。ただ、継承するべき作品や繋がっていった経緯とか、そういうのがちゃんと歴史として理論体系化されないと、音楽としての文化や歴史になったとはいえないと思うんですよね。
ーー たくさんの人が演奏してカバーし続けてきたことでクラシックが文化として根付いたように、アニソンを文化とするためには、多くの人が演奏をして継承し広めていくことが大切だと毛利は語る。
毛利:今はもうAIやコンピュータを使って音を引用して、簡単に音楽が作れるようになりました。コンピュータが歴史を持ってきてくれちゃうから、本人が知らなくてもそういうものが出来上がる時代になっています。ただ、意識的に音楽の歴史と構造みたいなものをちゃんとわかった上でやると、伝わりやすいものができるというか。音楽全体でいえば当たり前のことなんだけど、アニソンの中でそういう文化的な側面はまだないなって思うんですよ。
ーー 新しいものを生み出すだけではダメで、誰かが演奏と歌を継いでいかないと、文化にはなり得ない。そうした思いを秘め、毛利はそのきっかけになりたいと、今日も活動を続けている。今後、彼らはさらに大きなステージで輝くに違いない。アニメは今や、“世界”と地続きに繋がっているのだから。
毛利:ただただ好きで始めたバンドですが、今となっては、楽しいからなんとなくやってみましたでは許されない場所に、もう僕たちはいると思うようになりました。
毛利泰士とザ・ベスト / メンバー
・毛利泰士(Vocal / Percussion / Guitar)
・KAZUKO(Vocal / Guitar)
・小寺可南子(Vocal / Percussion)
・高山和芽(Keyboards)
・遠藤龍弘TABOKUN(Bass)
・原 治武(Drums)
・丸木英治(Trumpet)
・miwa(Trumpet)
・水島 "DOC" 響一(Saxophone)
・大納言(Trombone)
・須磨和声(Violin)
・Photo by 坂本夏樹
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2026.01.16