2021年 1月27日

鈴木慶一 × 田中宏和「MOTHER」が切り拓いた新たなRPG音楽の世界

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鈴木慶一のアルバム「MOTHER MUSIC REVISITED」がリリースされた日
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photo:NIPPON COLUMBIA  

鈴木慶一が手掛けたRPG「MOTHER」のゲーム音楽


2021年1月27日、鈴木慶一が音楽生活50周年記念アルバムとして、かつて彼自身が手掛けたゲーム音楽のセルフカバーアルバム『MOTHER MUSIC REVISITED』を発表した。

『MOTHER』は、コピーライターの糸井重里が企画・制作して、1989年7月に発表されたファミコン用ロールプレイングゲーム(RPG)ソフト。その後、1994年に第2作『MOTHER2 ギーグの逆襲』(スーパーファミコン用RPGソフト)、2006年に『MOTHER3』(ゲームボーイアドバンス用RPGソフト)が発表されており、すべて糸井重里が手掛けている。そして、このうち1作目の『MOTHER』と『MOTHER2 ギーグの逆襲』の音楽を鈴木慶一が手掛けているのだ。

はっきり言えば、『MOTHER』は発売当時、ゲームファンの間で話題にはなったし評判も悪くなかったけれど、けっして大ヒットしたソフトではない。しかし、実際にプレイした多くの人が感じた強いインパクトと充足感が口コミを生み、時間とともに記憶に残るソフトとして高い評価を得るようになっていった。

それにしても、音楽生活50周年を記念する作品のテーマに取り上げられるということは、鈴木慶一にとっても『MOTHER』は大きな意味をもっていたのだと、改めて思う。

プレイヤーが主人公! 長編小説を実体験するような感覚で楽しむRPG


1983年のファミリーコンビュータ登場で、日本でもコンピューターゲームが親しまれるようになり『ドラゴンクエスト(以下、ドラクエ)』(1986年)、『ファイナル・ファンタジー(以下、FF)』(1987年)によってRPGが認知されるようになっていく。

反射神経や瞬発力で勝負するシューティングゲームやアクションゲームと違い、プレイヤーが主人公になって様々な冒険を重ねていくRPGは、まるで読み終えるのに何日もかかる長編小説を実体験するような感覚を楽しめた。

『ドラクエ』『FF』の成功に刺激され、さまざまなRPGソフトが登場していった。僕もこの時期、RPGに熱中していてめぼしいソフトはプレイしていた。しかし、正直に言って『ドラクエ』シリーズ、『FF』シリーズほどの満足度を覚えるソフトとはなかなか出会えなかった。『MOTHER』と出会ったのはそんな時だった。

舞台は1988年のアメリカの田舎町、現代のリアリティを感じさせる世界観


『MOTHER』をプレイし始めて、「ちょっと雰囲気が違う」と感じた。RPGといえば、その舞台は中世のヨーロッパや古代神話の世界のイメージが強かったけれど、『MOTHER』の舞台は1988年のアメリカの田舎町。まさに現代のリアリティを感じさせる設定がそれまでのRPGには無いものだった。そして、主人公の子どもたちは、ファンタジーの世界で遊ぶだけでなく、大人たちの悪意とも対峙しながら、リアルな残酷さをもつ世界で冒険を続けていく。

現代を舞台としたゲームにふさわしく、流れる音楽もこれまでのRPGとは違っていた。『ドラクエ』や『FF』の音楽は、バロックやクラシックなどヨーロッパ的イメージを感じさせたのに対して、『MOTHER』の音楽は、現在のアメリカンポップスのニュアンスにあふれていた。

『MOTHER』は、僕にとってもそれまで出会ったことがない世界観を感じさせるRPGだった。

音楽も重要な要素、糸井重里が本気で取り組んだゲームソフト制作


糸井重里は、『ドラクエ』の面白さに目覚めて、自分でもゲームを作りたいと思ったという。当時、有名人が手掛けたというゲームもいくつか目にしたが、中には本人はそれほど深くかかわっていたわけではないケースもあったようだ。しかし糸井重里は、エイブという会社を設立して本気でゲームソフト制作に取り組み、自分の思うRPGの魅力と可能性を追求しようとした。そして、糸井重里が『MOTHER』のもっとも重要な要素と考えたのが音楽だった。

RPGにおける音楽の重要さは、すでに『ドラクエ』『FF』によって示されていた。ゲームをクリアした後も、それぞれのシーンの音楽が余韻として残り、その音楽を聴くだけでゲームの臨場感が蘇ってくる。『ドラクエ』の音楽は、ゲームにも精通している大御所の作曲家であるすぎやまこういち、『FF』の音楽は、ゲーム開発スタッフでもある新進音楽家の植松伸夫が手掛けたもの。

こうした優れたゲーム音楽に刺激されたのか、その後音楽クリエイターがゲーム音楽を手掛けるケースも増えた。しかし、通常の音楽表現とは違うRPGの特性を理解しているとは思えないゲーム、音楽がゲームの楽しさを殺していると感じるゲームもあった。

ムーンライダーズ休止後、ソロ活動中の鈴木慶一に音楽制作を依頼


糸井重里が『MOTHER』の音楽制作を依頼したのは鈴木慶一だった。『MOTHER』の世界観にそった音楽をつくってもらえること、作品をつくるために必要なコミュニケーションがとれることを基準に人選をしたという。さらに、任天堂の音楽スタッフだった田中宏和を起用し、ゲーム音楽制作経験の無い鈴木慶一とタッグを組む体制をつくった。

鈴木慶一にとっても、『MOTHER』のオファーが来たのは絶好のタイミングだったようだ。彼のバンドであるムーンライダーズは、アルバム『DON’T TRUST OVER THIRTY』(1986年)発表後、活動を休止していた。ソロ活動も試みていたが試行錯誤の時期にいた鈴木慶一にとって『MOTHER』は、本気で挑戦するにふさわしいテーマだったのだろう。

鈴木慶一×田中宏和が模索したRPG音楽の可能性


『MOTHER』は、すぎやまこういち、植松伸夫が切り拓いたRPG音楽の世界に、新たな進化をもたらした。

『ドラクエ』『FF』は、3音+ノイズというファミコン音源機能とデータ容量の制限のなかでも、優れた音楽を生み出せることを証明したという意味でも画期的作品だった。しかし、鈴木慶一と田中宏和はその方法をそのまま踏襲するのではなく、新しい可能性を模索した。鈴木慶一は、ファミコン音源の特性や音質、表現の可能性を研究した上で、アメリカンポップスやバンドサウンドのニュアンスを持ち込んでいった。

そして田中宏和は、そのコンセプトを実現すべく、技術面からの研究を行い、それぞれのシーンの音楽をつくりあげていった。たとえば「バトルシーン2」では激しいロックサウンドの中から、まるでギターでチョーキングするような音が聴こえてくる。『MOTHER』以前に、こんなサウンドがファミコンから聴こえるなどということは無かった。

時代を越えてファンの心を捕え続けるオリジナルサウンドトラック


音楽を重視した糸井重里は、最初から通常のゲームでは考えられないデータ容量を音楽に確保して、音楽チームも糸井と意見交換をしながらひとつひとつの楽曲をていねいにつくりあげていった。そうして、「POLLYANNA」「SNOW MAN」「THE PARADISE LINE」などの個性的で印象に残る曲が次々と生まれていった。

とくに、ゲームのあちこちに隠れている8つのメロディの断片を集めて完成する「EIGHT MELODIES」は、ゲーム攻略のキーとなる曲というだけでなく、今でも名曲として多くの人に演奏され親しまれている。これほど人の心に残る曲を生み出したRPGは、やはり数少ないと思う。

ゲームの発表から7か月後、オリジナルサウンドトラックアルバムとして『MOTHER』が発表された。しかし、このアルバムに収められていたのは、マイケル・ナイマンらをアレンジに起用し、イギリス人シンガーによるヴォーカルヴァージョンなどを収めた、ロンドンレコーディングによるアレンジアルバムだった。

その後、1994年には『MOTHER2 ギーグの逆襲』のサウンドトラックアルバムがリリースされ、2003年には2つのゲーム音楽を集めた『MOTHER 1+2』が発表されるなど、鈴木慶一と田中宏和による『MOTHER』の音楽も、時代を越えてファンの心を捕え続けている。

2021年1月に発表された『MOTHER MUSIC REVISITED』は、『MOTHER』というゲーム、そしてその音楽が、『ドラクエ』『FF』が切り拓いたRPGの次のページを切り開いたこと、そして現在でも、その音楽の魅力が失われていないことを改めて確認させてくれるアルバムなのだと思う。



2021.02.02
30
  YouTube / ColumbiaMusicJp
 

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カタリベ
1948年生まれ
前田祥丈
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