1989年(平成元年)4月19日、浜田麻里が本格ブレイクを果たしたシングル「リターン・トゥ・マイセルフ ~ しない、しない、ナツ。」の発売日から、ちょうど30年後の同日、彼女はデビュー35週年を記念した日本武道館のステージに立った。前回93年の武道館公演から、実に約26年ぶりの帰還である。
今でこそ都内近郊には大規模アリーナが幾つもあり、武道館は目立って大きな会場とは言えなくなった。公演アーティストも多種多様になり、「武道館」という言葉の持つ重みが今や薄れてしまったのも事実だ。
それでも、平成最後の年に浜田麻里がこの大舞台に還ってきたことは、彼女自身が語っていた通り、特別なストーリー性を感じずにはいられない。そして、以前のコラム「
浜田麻里 ― ジャパメタシーンから羽ばたいた唯一無二のロックの女王」でも書いたが、僕のように長年応援してきた多くのファンにとっても特別な意味を持つ。それは、前回の武道館公演以降の歩みから見えてくるだろう。
振り返ると、浜田麻里は83年のデビュー以来順調に活動を続けていたが、96年頃を境にライヴ活動を休止してしまう。彼女ほどの実力あるシンガーから考えられないが、当時はステージで歌うことが辛くなってしまったのだという。次第にメディアへの露出も減っていき、良質な音源を発表し続けたにもかかわらず、CDセールスも以前に比べ低迷していく。
結局、彼女が再びライヴを行ったのは2002年で、実に6年もの歳月が経過していた。2004年には中野サンプラザでデビュー20周年の一夜限りのライヴを敢行。このときのブランクを微塵も感じさせない圧巻の歌唱とステージングは今も忘れられない。
さらに、25周年の渋谷 CC Lemonホール、30周年の東京国際フォーラムと、節目のアニバーサリーライヴとツアーを成功させた。こうした活動の活発化に比例して、CDセールスも作を追う毎に再び上昇。“浜田麻里は変わらずに凄い”。ライヴを観た人々からの賞賛が拡散していく中で、再評価の声が益々高まっていった。
過度にメディアに頼ることもなく、音楽業界の常識にとらわれないやり方を貫き、自らの歌が持つチカラだけで、再び武道館に辿り着いたのだ。
そんな四半世紀に渡るストーリーを経たこの日が、特別な一夜にならないはずがない。即日ソールドアウトで超満員の観客の大半は、恐らく80年代から浜田麻里を知る、すなわちここに至るストーリーを共有した「リマインダー世代」が中心であろう。会場の尋常ならぬ熱気がそれを物語っていた。
深藍のドレスを身に纏い、変わらぬ美しい姿で登場した浜田麻里は、最新作『グラシア』の楽曲をオープニングから2曲続けた。正直、僕は新作の複雑でオーバープロデュース気味な音楽性に馴染めなかった1人だが、ライヴで聴くと彼女の歌と主旋律が幹となり耳を捉え、すんなりと受け入れることができた。
結局、アニバーサリーライヴならではのキャリアを総括したセットリストを期待する予定調和を覆し、新作と前作から11曲も披露された。それは浜田麻里がいつの時代も過去ではなく未来を見据え、女性ロックシンガーとして前人未踏の茨の道を一人で切り拓いてきたことを示すかのようだった。
そんな中でも、彼女は長年のファンが抱く特別な一夜への想いに応えることも忘れなかった。近年の楽曲と違和感なく繋がるように、過去の人気曲も序盤から出し惜しみ無く投入していく。最新ベスト盤でのファン投票1位、2位の「ブルー・レヴォリューション」と「ノスタルジア」、30年前のこの日に CD を買った時の気持ちにタイムトリップさせてくれた「リターン・トゥ・マイセルフ」では、会場は一層の盛り上がりを見せた。
映像、火柱を駆使した演出や、ビリー・シーンやオーケストラの客演など見所は尽きなかったが、その全てが浜田麻里の圧倒的な歌声を引き立てる脇役に過ぎなかった。むしろ一番のハイライトは、長年彼女を支えてきたギタリスト、増崎孝司によるアコースティックのみで表現された「プロミス・イン・ザ・ヒストリー」「カナリー」だろう。会場全体が水を打ったように静まる中、武道館の天井から舞い降りて包み込むような歌声は、心に奥底に染み入る深い感動をもたらしてくれた。
アンコールでは僕のフェイバリット曲「フォーエヴァー」にはじまり、「オール・ナイト・パーティー」「ハート・アンド・ソウル」と繋がる80’sメドレーが、至福の時を運んだ。そして、「35年前の曲です」という MC から、セカンドのレア曲「ジャンピング・ハイ」が聴けたのは嬉しい驚きで、武道館に樋口宗孝の魂が降臨したような感覚を受けた。
そして、最後に披露されたのは、91年の名バラード「トゥモロー」だ。増田隆宣のキーボードに導かれて歌われた感動的な旋律が心を揺さぶる。80年代からの記憶が走馬燈のように甦ると同時に、浜田麻里の “明日” への更なる飛躍を願うポジティヴな気持ちが自然と溢れてきた。
何者にも流されない鋼の意志で歌い続けた35年間とその生き様の全てを凝縮した珠玉のパフォーマンス。浜田麻里ほど自らの歌に対してストイックなアーティストを僕は知らない。MC で語られた「明日死んでもいいくらいの覚悟で歌を歌っている」という言葉がリアルに響くのは、彼女をおいて他にいないであろう。
自らの魂を削りながらも決して摩耗することなく、さらに己を磨いて輝きを増す孤高の存在感。80年代が生んだ希代の女性ロックシンガーと同じ時代を生きてきた幸運に感謝しつつ、平成を締め括るに相応しい伝説となるであろう一夜は幕を閉じた。
2019.05.09