思い返せば、初めて熱烈に洋楽に入れ込んだ時期は17歳になったばかりのころだった。時は1983年、ビルボードのヒットチャートに UK勢が大挙して押し寄せた、いわゆる第二期ブリティッシュ・インベイジョンの真っただ中。UKロックに入れ込みはじめていた自分には、やたらと面白い時期だった。極私的・第一期ブリティッシュ・インベイジョンだった… ともいえる。 USチャートには上がらない、UK のヒット曲でさえ聴くのが楽しくて、貸レコード屋に入荷したものは片っ端から聴いた。ラジオのエアチェックも欠かさない。とはいえ、田舎だから貸レコ屋の入荷数にも限界がある。ラジオにしても FM は NHK のみだから、聴きたくても聴けない曲がある。それでも、音楽誌で気になったアレもコレも聴きたい。誘惑には事欠かないが、使えるお金にも、これまた限界があった。 “面白いレコード、買ったど” と、ある日、洋楽仲間のタカハシ君が学校に持ってきたのがヘブン17の『ザ・ラクシャリー・ギャップ』。貸レコ屋にも入ってなくて、どうしたもんかなあ… 、と思っていた矢先のラッキーである。ラジオ日本の『全英TOP20』で耳にした全英ヒット曲「テンプテーション」は、AMラジオのざらついた音質でも十分かっこよく聴こえたし、元ヒューマン・リーグのメンバーによるトリオという前情報も気になっていた。何より小説&映画『時計じかけのオレンジ』のセリフからバンド名を持ってきたのがクールに思えた。タカハシ君に “貸して!” と即答。 このころの UKシーンは、デュラン・デュランを筆頭にしたニューロマンティックから、カルチャー・クラブ、ザ・スタイル・カウンシルなどのニューソウル、バウハウスのようなゴシックまで、多彩なジャンルが花開いていた。エレクロトポップも前年からの勢いを持続させていたが、ヘブン17は、その新たな旗手として注目を集めていた。 いざ聴いてみると、エレクロトポップと言っても、非常に独得であることに気づく。低音がどっしりしている。ヒューマン・リーグや OMD のような他のエレポップバンドに比べて、ボーカルに張りがある。そして何よりファンキーで、グルーヴがあり、ダンスしやすい。ジャケはこのころの UK のバンドにしては、ちょっとダサいかな… と思ったが、それでも音はかっこいい。 ヘブン17は残念ながら、全米では大きな成功を収めることができなかった。それでも個人的にはイギリスの裾野の広さを知るに十分だったし、UKロックにさらにディープにのめりこむきっかけとなった。「テンプテーション」は今でもときどき無性に聴きたくなるし、“うっ、うっ、はっ、うっ、はっ、はっ” というコーラスが映画『少林寺』のテーマ曲に似ていると当時話題になったオープニング曲「ホイールズ・オブ・インダストリー」も高揚してしまう。 ちなみにリリースから十数年後、「テンプテーション」は映画『トレインスポッティング』のクラブのシーンで使用され、再びヘブン17にスポットライトが当てられることになった。 そんな出来事が鮮烈であるのも、17歳時に UKロックに入れ込んだ、筆圧の強い記憶のせいだろう。誰でもそうだが、十代で夢中になったものは一生忘れない。誘惑と妥協の狭間で、ギリギリまで欲しいものを追い求めたあのころ。ネットもない時代ゆえ、音源や情報の収入は大変ではあったけれど、とにかく夢中だった。ある意味、ヘブンであった。
2019.05.14
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YouTube / Heaven17VEVO
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