A面とB面が入れ替わってリリースされた「もしもピアノが弾けたなら」
問題です!
この2つのシングルジャケットには、違うところが1箇所あります。さて、それはどこでしょうか?
「もしもピアノが弾けたなら」は、ドラマ『池中玄太80キロ』(日本テレビ系)の主題歌で、主演した西田敏行が自ら曲を歌い大ヒットした。元々は挿入歌として作られた曲で、主題歌は「いい夢みろよ」の方だったということを皆さん覚えていますか。
さて、問題の正解は――
2枚並んでいる左のジャケットの方が発売時のデザインで、右が変更後のデザイン。「もしもピアノが弾けたなら」と「いい夢みろよ」が入れ替わっています。
視聴者からの反響が大きく、後に「もしもピアノが弾けたなら」が主題歌に変更され、A面とB面の立場が入れ替わる形となったということなんだけど、記憶ってホントに曖昧だ。
あれほど好きだったドラマにも関わらず、僕はまるで覚えていなかった。初めから「もしもピアノが弾けたなら」の方が主題歌だと思い込んでいた。
思い込みはもうひとつ。
じつは「池中玄太80キロ」第2シリーズの時の歌
「もしもピアノが弾けたなら」は『池中玄太80キロ』の第1シリーズではなく、第2シリーズのときの曲だそうだ。僕は第1シリーズの時からだと思い込んでいた。
第1シリーズの放送が始まったのは1980年4月5日。まだTVドラマが丁寧に、そして大切に作られていた時代だ。僕は、今こそ、このようなドラマを作るべきだと思っている。ドラマで視聴率が取れなくなったと言われて久しいけれど、それは、そのドラマから得るものが何もないからだよ。
「もしもピアノが弾けたなら」の作詞は阿久悠。その詞は実に素晴らしい。彼はこの曲で、日本作詞大賞を受賞しているけど、「不器用な男に対する応援歌を書いた」と語っている。それはどういう意味なのだろうか?
『池中玄太80キロ』を観たことがない人がこの曲を聴くと、歌詞そのままに不器用でピアノが弾けないから、言いたいことや思いをうまく伝えることが出来ない。つまり出来ないことの言い訳をしている男の歌だと思ってしまうかもしれない。でも、それは違う。
作詞は阿久悠、優しくて温かい人生の応援歌
主人公の池中玄太は、愛する人に精一杯思いの丈を伝えようとしているんだ。でも不器用だから、うまく伝えることが出来ない。うまい伝え方がわからない。だから作詞家・阿久悠はその不器用さ、もどかしさを「ピアノが弾けないから」と表現しているのだと思う。
この歌は、愛する人をもっと愛したい、不器用じゃなければもっと愛せるのにという、やさしくて温かい愛の歌だ。阿久悠が応援歌と言ったことは、「キミの愛は、ちゃんと伝わっているから大丈夫だよ。大丈夫!」ということなんだ。僕は、この曲を聴くと、今でも毎回感動してしまう。
ドラマの内容とセットだからこその思い入れの強さかもしれないけど、『池中玄太80キロ』を観たことない方は、是非一度、ドラマを観てから「もしもピアノが弾けたなら」を聴いてみてください。DVDもBlu-rayも発売されていますよ!
※2018年6月10日に掲載された記事をアップデート
2021.04.01