7月21日

ジャッキー・チェン「酔拳」ブルース・リーとは違ったカンフー映画!

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ジャッキー・チェン主演映画「ドランクモンキー / 酔拳」が日本で劇場公開された日
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ブルース・リーもスゴいが、スゴさの質が違うジャッキー・チェン


60歳を過ぎたとき、高所からダイブしたり、誰かと殴り合ったりしている自分の姿を想像できるだろうか? いや、50代の今でさえ無理。2021年に67歳となるジャッキー・チェンは、今もそれをやり続けている。もちろん映画の中の話だが、観客から求められることを、体を張って続けているジャッキーは、やはりスゴい。同系の映画スターではブルース・リーもスゴいと思うが、スゴさの質が違う。

自分の世代にとって、カンフーアクションのファーストインパクトは、やはりブルース・リーだ。人間技とは思えない蹴りや突きのスピード。『燃えよドラゴン』が日本公開された1973年の冬、あちらこちらで子どもたちの “アチョー!” の声が響き渡っていた。年長の従兄は部屋にブルース・リーのポスターを貼り、黒いビニールテープでグルグルに巻きにした2本のこたつの脚をチェーンでつなげ、自家製ヌンチャクを作って振り回していた。当時小学1年だったマナブにも、スゴい人のスゴい映画があることは皮膚感覚で理解できた。

さらに驚いたのは、このスゴい人が、すでにこの世にいないことだ。1973年7月、ブルース・リーは32歳の若さで世を去っていた。『燃えよドラゴン』の大ヒットにより、ブルース・リーの過去の主演作が次々と発掘されては日本公開されていたが、新作は少なくとも存在しないのだ。死の直前まで撮影されていたフィルムをつなぎ合わせ、代役を使って完成した、つぎはぎだらけの “遺作” 『死亡遊戯』が日本公開された小学6年の頃には、マナブはブルース・リーから世の無常を学んでいた。

ジャッキー・チェン主演映画「ドランクモンキー / 酔拳」日本上陸


そんな喪失感を埋めたのがジャッキー・チェンだ。1979年の夏、ジャッキーはついに日本の映画館に上陸する。

『ドランク・モンキー/酔拳』―― それはカンフー映画ではあったが、クールで、時に悲壮感さえ漂うブルース・リーの映画とは明らかに異なっていた。笑えた、のだ。

拳法の名門道場のバカ息子(ジャッキー)が家を追い出され、浮浪者のような老師の下で武術の訓練に励むことになるというストーリー。ジャンプの漫画のような展開は、中坊となったマナブにもわかりやすい。悲壮感はまったくなし。酒を呑み、呑めば呑むほど強くなる秘拳、酔拳をマスターして悪党に立ち向かうジャッキーの立ち回りは、ブルース・リーに負けず劣らず速い。それでいてテンポがよく、ひとつひとつのポーズがおかしい。カンフーの型と一体になった、オカマのような動きに吹いた。

日本でもヒット! 気が付けばヒーローになっていたジャッキー・チェン


『ドランクモンキー / 酔拳』は本国、香港と同様に日本でもヒットを飛ばし、ブルース・リーのときのようにジャッキーの過去作が次々と発掘されては日本で劇場公開された。が、ジャッキーには、まだまだ新作がある。『スネーキーモンキー / 蛇拳』『少林寺木人拳』などの旧作に加え、『クレージーモンキー / 笑拳』『バトルクリーク・ブロー』などの新作を浴びるように観続けた。気づけばジャッキーは我々世代のヒーローとなっていた。

命がけのスタントを見る度に、“頼むから死なないで!” …… と思ったのは自分だけではないだろう。エンドクレジット恒例のNG集を目にすると、かなりヤバい状況もあったことがわかる。ジャッキーはヌンチャクを振るう映画はほとんどないのでコタツの脚を犠牲にすることはなかったが、ホウキのような棒状の物を持つと振り回したくなったり、チャリで曲乗りしたくなる欲求には時々駆られた。高所からのジャンプを真似してはいけないということを知る程度に、知恵が付いていたのは幸いだった。

取材中も終始ニコニコ、映画の中そのままの笑顔


それから十数年を経て、映画まわりのフリーライターとなったが、この仕事のお陰でこれまで何度かジャッキーに取材をさせていただいた。初めて話を聞いたのは、90年代の半ば過ぎだったと思う。そりゃあもう、こっちはガチガチに緊張した。それでもジャッキーは映画の中そのままの笑顔で始終ニコニコ。しどろもどろで口にするこちらの質問に、楽しげに答えてくれた。いい人だ。

今でもときどき、家でひとり呑みをしているときにふと見たくなり、『ドランクモンキー / 酔拳』のDVDを再生する。が、なにぶん肝機能が低下している50代。酔えば酔うほど弱くなるマナブは高確率で寝落ちする。



2021.04.07
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カタリベ
1966年生まれ
ソウママナブ
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