スリー・ストーリーズ by Re:minder
郷ひろみ ③ プロデュースは坂本龍一!郷ひろみ 27歳で挑んだ音楽的冒険作「比呂魅卿の犯罪」
積極的にカバー曲を歌うようになった80年代の郷ひろみ
郷ひろみは1980年代に入っても人気シンガーとしてのポジションを守り続け、化粧品CMのタイアップ曲となった「How many いい顔」(1980年)や、コミカルタッチの「お嫁サンバ」(1981年)、さらには「哀愁のカサブランカ」(1982年)といったヒット曲を生み出していく。
アルバムでは1979年の『SUPER DRIVE』に続き、1980年に『MAGIC』を発表。アルバムの表題曲はAOR系のシンガーソングライター、ディック・セント・ニクラウスの日本語カバーだった。さらに、続くアルバム『How many いい顔』ではオーストラリア出身のポップデュオ、エア・サプライの曲を3曲もカバーしている。そう、郷ひろみは、この頃から積極的に洋楽のカバー曲を歌うようになる。
1982年にヒットした「哀愁のカサブランカ」も、やはりAOR系シンガーソングライター、バーティ・ヒギンズ「カサブランカ」のカバーだ。そしてこの曲をタイトルにしたアルバムでも、スペインのスーパースターであるフリオ・イグレシアスを3曲、アメリカのシンガーソングライターであるエディ・マネーを1曲、そしてエア・サプライを1曲と、10曲中6曲が洋楽カバーだった。
さらに、1982年に発表された『愛の神話』でも、タイトル曲となった「愛の神話」と、郷ひろみが作詞作曲をした「愛の場面」などの3曲以外は、すべてフリオ・イグレシアス、マーク・ジョーダン、そしてジョー・コッカー&ジェニファー・ウォーンズといったAOR系洋楽曲のカバーで構成されていた。
この時期の郷ひろみは、洋楽カバーを積極的に行いながら、例えていえば尾崎紀世彦や布施明などにも通じる日本のAORシンガーとしてのポジションに向かおうとしていたと感じられる。しかし、そんな時期にさらに一歩先を行く意欲作として発表されたのが、1983年4月にリリースされた20枚目のオリジナルアルバム『比呂魅卿の犯罪』だ。
坂本龍一をプロデューサーに迎えた「比呂魅卿の犯罪」
『比呂魅卿の犯罪』は久しぶりに日本人作家によるオリジナル曲ばかりで構成されたアルバムである。しかし、参加した作家陣のほとんどがこれまでの郷ひろみとはほとんど縁のなかった人たちであり、プロデューサーとして迎えたのが坂本龍一という、郷ひろみとしてもこれまでに経験のない冒険作だった。
当時の坂本龍一はイエロー・マジック・オーケストラ(YMO)で世界的にブレイクするとともに、現代音楽、クラシック、ポップスという、ジャンルを越えた大胆なアプローチによって独自の音楽世界を作り上げ、高い評価を受けていた。さらにはデヴィッド・ボウイと共演し、自ら音楽も担当した映画『戦場のメリー・クリスマス』(監督:大島渚)の公開目前というタイミングだった。

『比呂魅卿の犯罪』は確かに異色作といえるアルバムだ。しかし、これは決して郷ひろみと坂本龍一の異種格闘技的な実験作ではなく、あくまでもメジャーなポップシンガーとしての郷ひろみの世界を前提として成立している作品である。なので、アヴァンギャルド的な面白さを過剰に期待してしまうと肩透かしにあったと感じてしまうかもしれない。しかし、ポイントはそこではない。このアルバムは、これまでの郷ひろみと直接的な接点が無かったクリエイターが引き出す、郷ひろみの新たな表情や魅力を楽しみながら味わうものなのだ。
作家陣も新鮮で豪華だ。1曲目の「比呂魅卿の犯罪」から、作詞が中島みゆきで作曲が坂本龍一という異色の顔合わせが始まり、続く「君の名はサイコ」と「空中ブランコ」の作詞は糸井重里。前年に「い・け・な・いルージュマジック」をヒットさせた忌野清志郎との共作「夢中」や矢野顕子の「毎日僕を愛して」など、クレジットを見ただけでワクワクする曲が並んでいる。
また、坂本龍一(キーボード)のほか、YMOの細野晴臣(ベース)、高橋幸宏(ドラムス)、大村憲司、今剛、松原正樹(ギター)といった演奏陣によるアンサンブルも興味がそそられるところ。しかし、忘れてならないのは、彼らは日本の最先端サウンドのクリエイターであると同時に、超一流のスタジオミュージシャンでもあるということだ。
7分余りのスケール感あふれる大曲「だからスペクタクル」
こういった大胆なコンセプトアルバムの中で、安定を支えるアンカー的ポジションにあるのが「やさしさが罪」(作詞:三浦徳子、作曲:見岳章)と「美貌の都」(作詞:中島みゆき、作曲:筒美京平)だ。新しい作家陣に加え、三浦徳子や筒美京平という、郷ひろみとタッグを組んできた馴染みの作家が加わることによって、郷ひろみの音楽世界としての原点が見えてくる。だから、このアルバムの音楽的冒険も、これまでの足跡とつながっていると捉えることができるのだ。
そして『比呂魅卿の犯罪』で特に興味深いのが、郷ひろみの作詞作曲による「だからスペクタクル」が最後に収められていることだ。郷ひろみというシンガーのキャパシティを広げる試みでもあるこのアルバムの中で、7分余りのスケール感あふれる大曲を書き下ろしてみせた郷ひろみが、実はいちばん大胆な作家だったのかもしれない。
このアルバムの後、郷ひろみは作家的スタンスを強めていく。1984年に発表されたアルバム『ALLUSION』では、先行シングルの「ケアレス・ウィスパー」(ワム!のカバー)以外、すべての作詞と3曲の作曲を手掛けているほか、アルバムのプロデュースも行っている(ヘンリー浜口名義)、さらに1987年に発表された『LOVE of FINERY』では郷ひろみ名義でプロデュースと全曲の作曲を行うなど、アーティストとしての意識を強めていくことになる。
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2026.01.28