「ヒーローになる時、それは今」
―― なんて台詞が流行らない時代になった。
バブル崩壊の後に生まれた、22歳の私は、平成の世を眺めるように生きてきた。
私が見てきた時代は、どこか斜に構えた空気が満ちていて、力を注いで正面突破するよりも、上手にかわして生きていく方がよしとされているように見えた。ヒーローという言葉が持つ眩しいイメージよりも、もっとおしゃれでセンスが良くてソツが無いことの方がもてはやされた。
それはそれで間違っていないし、楽なのかもしれないけど、私にはどこか物足りなくてやっぱり退屈だった。燃費が良くて静かに走る最新型の車もいいけれど、排気量が多くて、エンジン音のうるさい馬力のある車が、愛しく思えてしまうように、私はそういう生き方が好きなのだ。自分の居場所はここにあると、耳にするたびに強く、そう思う。
だから、私は、甲斐バンドの「HERO(ヒーローになる時、それは今)」を聴くとつい微笑んでしまう。そんなふうに高らかに歌ってくれるバンドには、私の世代では出会えなかったから。
歌詞もサウンドも、歌い方も、すべてが、唸りを上げるエンジン音のようだ。ドラムがリズムを刻み、アクセルを踏むようにサビが始まれば、心はメーターパネルの針のように高鳴っていく。
生きるってことは
一夜かぎりのワン・ナイト・ショー
矢のように走る 時の狭間で踊ることさ
今夜お前はヒロイン もう泣かさないよ
この魂のすべてで お前を愛しているさ
銀幕の中泣き顔の
ジェームス・ディーンのように
今が過去になる前に 俺たち走り出そう
退屈に生きても一生、全力で生きても一生。そんな限られた人生の時間を、「一夜かぎりのワン・ナイト・ショー」「矢のように走る 時の狭間で踊ることさ」と言い表せたなら、きっと豊かに生きられる気がする。「この魂のすべてで お前を愛しているさ」なんていう最近では滅多にお目にかかれないヘビーな歌詞だって、限りある人生においては、大ごとである。流れゆく一瞬を抱きしめるように、目の前の相手を抱きしめなければならない。「今が過去になる前に 俺たち走り出そう」と前向きな歌詞を歌えば、ヒーローにだってなれる気がする。
サビの部分ばかり聞き慣れてしまいがちなこの曲だけど、私はむしろ、それ以外の部分の方が、味わい深くて、好きだ。
―― 改めてこの曲を聴いていくと、「今」というものと「時間」というものが、大きなテーマになっているのが、わかると思う。実はこの曲、発売の翌年1979年の元旦0時に民放で一斉に放送されたセイコーの CM のテーマソングだったそうだ。
それを踏まえて、当時の CM を観てみると、CM の構成はもちろん、紹介している商品のあまりの古めかしさに衝撃を受ける。デジタル表示で、ストップウォッチが使えて、アラームが付いている。この3つが最新機能として、全力でアピールされていた頃だ。しかも値段は2万5千円超えである。
そうか、思えばこの曲も、もう40年も前のものなのか、と思う。信じられないけれど、矢のように走る時間はあっという間なのだ。
当時の時計が色褪せても、時を止めても、音楽は変わらずに「今」を刻み続けている。そのロマンに今日も思いを馳せて、40年後の平成最後の冬を私は生きている。
2018.12.20
Apple Music
YouTube / tj195203
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