もっと評価されるべき! 歌手・柏原芳恵
柏原芳恵といえば、80年代を代表するアイドル歌手であり、「ハロー・グッバイ」「春なのに」が代表作―― 世間一般のイメージ、印象は良くも悪くもここ止まりではないでしょうか。もちろん誰もが知るヒットが2曲もあることは素晴らしいのだけれど、実力もあり長きに渡り活躍した割に深く語られる機会が少ない気がします。
そこで、このたびNHK番組映像DVD『柏原芳恵 NHK プレミアムコレクション』が発売されるとのことで歌手・柏原芳恵の歌唱力、表現力をメインに深く掘り下げてみたいと思います。
まず、デビューは1980年。同期が松田聖子、河合奈保子、岩崎良美、三原順子、田原俊彦―― 錚々たるメンバーのなか、お世辞にも幸先良いスタートとは言えず、歌唱も初々しさやひたむきさはあれど、初期の特徴とも言えますが声が重い。特に低音が、既に14歳とは思えない。個人的にはこれが気になっていて… 個性なんだろうけど。
今回の映像作品には初期の曲…「No.1」「毎日がバレンタイン」などは収録されていませんが、「第二章くちづけ」は後々振り返ると普通の(?)アイドルポップスとして貴重な存在かも。
デビュー半年後に発売されたファーストアルバム『How To Love』を聴くと、シングル曲では気づけない “歌いっぷり” に気づいたのです。まだまだ不安定ながら、堂々として情感哀愁も。しかしブレイクの兆しはまだ見られませんでした。
見えてきた光。歩むべき路線を決定付けた「ガラスの夏」
同期があっという間に売れていき不安な2年目でしたが。意外なほど早く光が見えてきました。デビュー1年後に発売の「ガラスの夏」がそれ。
15歳が歌うには、あまりにも大人びた曲。笑顔も控え目に低音を効かせ、妖しい表情で歌い、驚かせ、一転してサビは笑顔で爽やかに。そしてジワジワとチャートを上がり最高21位。さらにまさかの10万枚超えのスマッシュヒット。
全くと言っていいほど語られないこの曲ですが。ある意味「ハロー・グッバイ」以上にエポックメイキング。この大人びた楽曲でのプチブレイクは後々の柏原芳恵の歩むべき路線を決定付けたと言えます。早くもこの時点でキャピキャピポップスより大人びたマイナー路線の方が似合うのではないかと思いました。
「ハロー・グッバイ」だけじゃない。もっと大事にされるべき「あの場所から」
そして遂に「ハロー・グッバイ」が大ヒット。結果論になってしまいますが、ブレイク曲が判りやすい明るいポップスで良かったなと。とりあえず柏原芳恵(当時よしえ)を世に完全に認知させた名刺的存在。
この曲の歌唱は重くなく、むしろ軽いので歌唱力は計りづらいけど、確実に歌手として伸びていた時期。同名アルバムを聴いてみてください。やはりマイナー曲が多いけど既に完成形に近い。ただし、まだ若干声の重さは残りますが。
以降はベストテン歌手として完全に定着。しばらくは様子見(?)で「恋人たちのキャフェテラス」「渚のシンデレラ」とアイドル路線が続きました。
この次に持ってきたのが「あの場所から」という非常に暗くて重い曲。これがまたハマった。前年の「ガラスの夏」に近く、アルバム曲で見せていた “暗いマイナー路線こそ輝く柏原よしえ” で大成功。前年に「めらんこりい白書」というとてつもない暗い曲を出してはいたのですが、セールス的に振るわずだったので。
「ガラスの夏」同様、ほとんど語られませんが「あの場所から」が柏原芳恵の真骨頂だと感じます。もっと大事にされるべき曲。
大きかった中島みゆきとの出逢い「春なのに」
それからというもの… ニューミュージックシンガーソングライターを続けて起用し、マイナー路線・歌謡曲路線を一気に進み、歌手として飛躍的成長を遂げていきます。谷村新司「花梨」、中島みゆき「春なのに」、宇崎竜童「ちょっとなら媚薬」、松尾一彦(オフコース)「夏模様」、松山千春「タイニー・メモリー」、再び中島みゆき「カム・フラージュ」…
特に中島みゆきとの出逢いはデカかった。「春なのに」での圧倒的な曲の世界に入り込んだ歌唱。曲の良さはもちろんですが、“柏原芳恵が歌ったから大ヒットした” と断言します。デビュー4年目、いつの間にか柏原芳恵は “シンガーアクトレス” と呼べるほどの歌手に成長していたのです。
声質の重さも完全に消え、元々持ち合わせていた天性の歌心、哀愁、情感がさらにパワーアップ。… とはいえ「春なのに」の時点で何とまだ17歳。現在では有り得ない(?)早熟過ぎる歌謡曲歌手だったのです。
芳恵の集大成「最愛」
1983〜84年が個人的に歌声絶頂期。もっと堪能したい方はニューミュージックシンガーソングライター提供曲を集めたアルバム『夢模様』、中島みゆき&ポプコンカバー曲メイン『最愛』を是非聴いてみて下さい。
この時期はバラエティに富んでいて、柏原芳恵的にはかなり異色なコンピュータサウンド歌謡「ト・レ・モ・ロ」は面白かった。愁いを帯びた歌謡曲が似合う歌声と対極なデジタルサウンド。水と油と思ったら大間違い。まさかのハマりぶり。いつもと真逆なポップな芳恵ちゃんを観れて嬉しかった。
しかしやっぱり芳恵ちゃんの真髄はマイナー歌謡曲路線。その最高傑作が中島みゆきによる「最愛」。この曲こそ柏原芳恵の集大成。もちろん大ヒット。この曲で堂々と『紅白歌合戦』連続出場のはずだったんだけど…。
これからの活動に期待大! 実力派歌手・柏原芳恵
「最愛」以降、明るいポップス路線から完全に離れ、アイドルらしからぬ王道歌謡曲路線を歌い続けた芳恵ちゃん。さらにさらに(!)熟成され『ハイヒールを脱ぎすてた女』(1986年)『愛愁』(1987年)という歌謡曲の傑作アルバムも。
もはや後期は「アイドル」ではなかったのではないか。デビューが若かったから6年目でも21歳。おニャン子の河合その子ちゃんと同い年ですから。どれだけ大人びた早熟な歌手だったか判ると思います。
というわけで、デビューが若いことと、アイドル全盛期だったからアイドルのカテゴリーに入ってしまったけれど、強く思うのは柏原芳恵は “アイドル” ではなく “歌手” だったということ。その証拠にアイドル雑誌の人気投票では大苦戦。私も常に「芳恵ちゃんって本当に人気あるの?」って想いとずっと戦ってたような気がする。でも楽曲は人気。歌声は人気。誰もが認めてた。それで充分だった。
なので! 『柏原芳恵 NHK プレミアムコレクション』では “歌手” 柏原芳恵を堪能してください。メジャーなアイドルポップス好きな方は違うかもしれませんが、アイドルという冠を被らされた(?)若き実力派歌謡曲歌手の歌声にぜひ聴き入ってください。
そして最後に―― 90年代に入り芳恵ちゃんは歌から離れてしまっていましたが。再び歌っています。11月4日にはコンサートも! 毎年春には必ず! TVの歌番組で「春なのに」を歌ってくれます。歌手・柏原芳恵をこれからもよろしくお願いいたします。
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2022.10.31