【1996年は名曲の宝庫】vol.4
空に星が綺麗 / 斉藤和義
CMタイアップでタイトル変更を求められた「空に星が綺麗」
1993年8月にシングル「僕の見たビートルズはTVの中」でデビューした斉藤和義。翌年リリースした4枚目のシングル「歩いて帰ろう」がフジテレビ系子供向け番組『ポンキッキーズ』のオープニングテーマとして起用されスマッシュヒットを記録。徐々にその知名度を高めていった。その後も順調に作品リリースとライブを積み重ね、コアなファンを獲得していった。
そして1996年1月1日にリリースされたのが10枚目のシングル「空に星が綺麗」だった。この楽曲はもともと、明星食品の看板商品である袋麺「明星チャルメラ」のCMソングに決まっていた。ここで楽曲タイトルをめぐってスタッフと衝突が起こる。
当初、斉藤は楽曲タイトルを「悲しい吉祥寺」と決めていたのだが、クライアントからクレームが入る。商品の好感度や売り上げアップを目的とするCMソングに、“悲しい” という言葉はふさわしくないのではないかという意見が浮上したのだ。しかし、斉藤は “そんなの知ったこっちゃねえ!” と反発。ディレクターと宣伝スタッフ全員を巻き込んで徹夜のタイトル会議が行われたという。斉藤はタイトルを変えることを拒みつづけ、最終的には折衷案としてサブタイトルに「悲しい吉祥寺」を入れることで着地した。タイトルひとつにも妥協しない、斉藤の作品への強いこだわりがうかがえるエピソードである。
30歳を目前にした斉藤和義が歌う、大人のやるせなさ
斉藤はデビュー前に吉祥寺のアパートで暮らしていたことがある。ちなみに “岡村和義” なるユニットを組んでいる岡村靖幸も同じ時期に、偶然にも近所に住んでいたという。そうした吉祥寺での日々も、この曲の背景にあったのかもしれない。
口笛吹いて歩こう 肩落としてる友よ
いろんな事があるけど 空には星が綺麗
懐かしいあの公園にちょっと行ってみようか?
最近忘れてること なんか思い出すかも
この楽曲がリリースされたのは1996年1月。1966年6月生まれの斉藤は、当時29歳だった。30歳を前にすると、仕事や恋愛、家族など、人生をめぐるさまざまな現実と向き合う時期でもある。悩んでいる友人を誘い、懐かしい公園へ向かう2人の姿が浮かんでくる。
あの頃の僕ら今 人に頭を下げて
笑ってはいるけれど 目に見えない涙こぼれるね
夢を追っていた若い頃。そんな時間はあっという間に過ぎ去り、生きるため必死に働き生活を続け、大人の階段をのぼっていく。理想だけでは生きられない現実と向き合いながら、慌ただしい日常のふとした瞬間に訪れる虚しさを、ここでは見事に表現している。
口笛吹いて歩こう 肩落としてる友よ
誰も悪くはないさ きっとそういうもんさ
口笛吹いて歩こう 空には星が綺麗
やるせない人生をときには誰かのせいにしたくもなるものだ。しかし、ある種達観したように人生をとらえ、「♪空には星が綺麗」とそっと視線を上へ向ける。そのやさしさが、この曲の大きな魅力だ。
2分34秒という短い尺に詰め込まれた人生訓
アレンジに派手さはなく、ポップで軽やかなこの楽曲だが、2分34秒という短い尺の中に深い人生訓が詰め込まれている。自身の実感を飾らない言葉で歌ってきた斉藤和義らしい楽曲ではないだろうか。人生に行き詰ったとき「♪口笛吹いて歩こう 空には星が綺麗」という部分を口ずさむと、不思議と元気が湧いてくる魔法のようなフレーズだ。リリースから30年を経ても色褪せない「空に星が綺麗」は、これからも人生のさまざまな場面で聴き手に寄り添い続けるだろう。
2026.09.16