出会ったときが新曲!世代を超えてつなぎたい50年前の名曲 vol.4▶ タイトル:あぶな坂
▶ アーティスト:中島みゆき
▶ 収録アルバム:私の声が聞こえますか
▶ アルバム発売日:1976年4月25日
50年前にリリースされた中島みゆきのデビューアルバム
今からちょうど50年前の1976年4月25日、中島みゆきのファーストアルバム『私の声が聞こえますか』がリリースされた。当時の彼女は、前年にシングル「アザミ嬢のララバイ」でデビューを果たし、『ヤマハポピュラーソングコンテスト』と『世界歌謡祭』で「時代」がグランプリを受賞。フォークソングを歌う新進気鋭のアーティストとして注目されていた。
そんな彼女のファーストアルバムに収録された12曲は、サウンド面では、アコースティックギターと少数の楽器で演奏されるフォークソングの印象が強い。ただ楽曲は、カントリーロック、ブルース、ジャズ、童謡など、それぞれテイストが異なり、バラエティーに富んでいる。ボーカルのテイストも曲によって変わり、聴いていて飽きない。前年にシングルとして出された「アザミ嬢のララバイ」と「時代」も、フォーク色を強めた新アレンジで再録されており、聴き通せば、まだ新人だった中島みゆきが、どのような曲作りを目指したのかが伝わってくる。
男たちが傷つきながら転がり落ちる「あぶな坂」
その中で異彩を放つのが、A面1曲目に収録された「あぶな坂」である。タイトルからして意味深なこの曲は、歌詞も難解だ。これまで多くのリスナーがさまざまな解釈を加えている。ただ筆者は、中島みゆきの曲に見られる共通の要素がすでに表れ、彼女の創作の原点が透けて見える名曲だと思う。その理由を紹介しながら、曲に込められたメッセージを抽出してみたい。
一般的にアルバムの冒頭には、リスナーの心をつかみやすいキャッチーでインパクトが強い曲が置かれる。ファーストアルバムであれば、なおさらだ。「アザミ嬢のララバイ」や「時代」で中島みゆきのファンになった当時のリスナーが興味津々でアルバムを購入し、レコードに針を落としたことは想像に難くない。すると、ギターの弾き語りで、こんな歌詞が聴こえてくる。
あぶな坂を越えたところに
あたしは住んでいる
坂を越えてくる人たちは
みんな けがをしてくる
橋をこわした おまえのせいと
口をそろえて なじるけど
のっけから何かの寓話のような歌詞が登場し、戸惑ったリスナーも多かったはず。そう、歌われているのは架空の世界であり、何かの比喩なのだろう。歌詞の主人公である “あたし” が、まるで物語を読むように独白している。ただ最後まで聴けば、彼女が何を伝えたかったのか、おぼろげに見えてくる。
「あたし」は、あぶな坂と呼ばれる坂を越えたところに住んでいる。そこからは、坂を転がり落ちてくる男たちが見える。男たちは、誰もがけがをしている。なぜなら、“あたし” が橋をこわしたから。しかし、橋がなくても、血を流しても、男たちは坂を転がり、こちら側にやってくる。それはなぜだろう。
「あぶな坂」にすでに表れていた中島みゆきの創作の原点
その理由が示されるのが、次の歌詞だ。
遠いふるさとで 傷ついた言いわけに
坂を落ちてくるのが ここからは見える
中島みゆきの曲には “ふるさと” という言葉がよく登場する。しかし、ここで歌われるのは、懐かしい故郷ではない。もはや帰れなくなった場所の例えとして “ふるさと” が使われている。つまり筆者には、この曲のテーマは喪失感にあるように思える。何かを失ったために、誰かにすがったり頼ったり、傷つけば誰かのせいにしたがる人々をシニカルに描いているのだろう。心の奥底のドロドロした怨念や諦念をえぐり出す彼女の手腕、いや魅力が、早くもこの曲に示されている。
そして曲のラストでは “あたし” が着ている喪服を目印に男たちがやって来ると歌われる。喪服とは死の象徴。そこから考えれば、“あたし” はこの世ではなく、あの世の住人とも解釈できる。だからこそ、男たちの心の奥底まで見渡すことができるのではないか。そして、この世に絶望し、誰にも理解してもらえない思いを抱えた男たちが引き寄せられていく。「あぶな坂」が現世と彼岸との境界であるとも知らずに――。そんな光景が見えてくると、どこか達観、いや悟ったような歌い方にも納得できる。
このように、普通に暮らしているだけでは見えない視点を歌で表現することが、中島みゆきの創作の原点のひとつだと私は思う。だから、その歌が弱き者や取り残された者へのメッセージとなり、共感を誘うのだ。そのことは、アルバムのタイトルからもうかがえる。『私の声が聞こえますか』とは、自分の存在をアピールするためにつけられたものではない。
「自分の声を聞きたくてならないのです。自分が生きているのかどうかを確かめなければ恐くてしかたがないのです」
自著「愛が好きです」より
こんな彼女の思いから付けられたようだ。そう考えると、歌詞に出てくる “あたし” には、中島みゆき自身も投影されているように思える。彼女の曲に “あたし” という一人称がたびたび登場することにも、つながっているのかもしれない。
なぜ「あぶな坂」はデビューアルバムの1曲目だったのか?
もちろん、これはひとつの解釈に過ぎない。しかし、弱き者や取り残された者へのメッセージ、達観したような歌い方、比喩、寓話、皮肉、そして “あたし” という一人称など、中島みゆきの曲に通底する要素が「あぶな坂」に集約されているように思える。そう思えば、ファーストアルバムの冒頭にこの意味深な曲を置いたのも理解できる。自分の立場とアーティストとしての矜持を、寓話風のこの曲で宣言したようにも受け取れる。そしてその宣言は、彼女の活動を50年にわたり支えているように思えてならない。
<参考文献>
・アーティストファイル 中島みゆき オフィシャル・データブック[2020年改訂版]/ ヤマハミュージックエンタテイメントホールディングス(2020年)
・愛が好きです / 中島みゆき(新潮文庫 1982年)
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2026.09.23