電話を小道具に失恋の切なさを歌った中島みゆき
今から40〜50年前、年号が昭和だった頃の情報伝達手段といえば、手紙か電話のほぼ2択だった。といっても手紙は届くのに時間がかかるので、友人や恋人とカジュアルにやり取りするのはもっぱら電話。
携帯電話はまだ存在せず、誰かに連絡するには家の電話や公衆電話から受話器を上げてダイヤルを回し、相手が出るのを待つのが通例だった。駅に置かれた赤電話からこれから帰るよと親に電話したり、彼女の家に電話をかけて父親が出ないことを祈った思い出は、昭和世代には馴染み深いことだろう。
そんな電話を歌詞に織り込み、男女の恋愛模様を歌ったアーティストとして真っ先に思い浮かぶのが、中島みゆき。「♪マリコの部屋へ 電話をかけて」と歌い出す1981年発売の大ヒットシングル「悪女」を筆頭に、電話を小道具に失恋の切なさを歌った曲が目立つのだ。そこで今回は、歌詞に電話が登場する中島みゆきの作品から5曲を選び、発売順に紹介したい。
しあわせ芝居(1977年 / 1979年)
電話してるのは私だけ、に気付く切なさ中島みゆきが桜田淳子に書き下ろした1977年のヒット曲。1979年発売のセルフカバーアルバム『おかえりなさい』で中島みゆき自身も歌っている。わがままな私にいつも優しく接してくれる彼と相思相愛だと思い込んでいた女性が、ある時電話をかけているのは自分からだけだと気付く。
幸せの絶頂から疑心暗鬼へと心が反転する展開が見事だが、それを演出したのは電話だった。履歴が残るスマホやチャットとは違い、その場限りの電話では、自分からかけている意識は薄かったのかもしれない。会って話すだけでは分からない残酷な事実が、電話をかける行為から気付く歌詞が、たまらなく切ない。
ダイヤル117(1979年)
深夜の電話相手に選んだのは時報1979年発売のアルバム『親愛なるものへ』の収録曲。この曲で歌われるのは、深夜に誰かに電話をかけて「♪ねえ 切らないで なにか 答えて」とせがむ女性。しかし、電話をかけた相手は人ではなくダイヤル117。つまり時報だった。その事実は歌詞からは読み取れないが、ひとりぼっちの夜に眠れない女性が寂しさを紛らわすため時報を聞くシーンが想像できる。
以前は正確な時間を把握したり時計を合わせたりするのに時報をよく聞いたものだが、こうした使いかたがあるとは思いもしなかった。救いようがない寂しさを歌で表現する中島みゆきの真骨頂のような作品である。アコースティックギターをバックに、声を絞り出すように歌う彼女の絶唱も聞きどころだ。
ひとり上手(1980年)
別れ話をするなら手紙よりも電話1980年発売のシングル。失恋の切なさをポップなメロディーに載せて軽快に歌い上げ、オリコンチャートやTBS系の音楽番組『ザ・ベストテン』でもランクインした中島みゆきの人気曲である。キャッチーなタイトルは、彼女がラジオパーソナリティーを務めた『オールナイトニッポン』のコーナー名に採用され、流行語にもなった。
電話が歌詞に登場するのは2番。失恋した女性が別れ話を彼から伝えられる手段として、手紙ではなく電話をせがむ。その理由は、手紙では何度も繰り返し泣くから。電話なら後くされがなく、「♪電話だけで捨ててね 僕もひとりだよとだましてね」と、多少のうそも救いになる。まさに “ひとり上手" の女性らしい発想だ。今のように、通話記録を残さない当時の電話の特徴が示された作品である。
B.G.M.(1982年)
受話器から漏れ聞こえる思い出のメロディー1982年発売のアルバム『寒水魚』の収録曲。歌詞に登場するのは、彼が留守だとわかっていながら電話をかける女性。その理由は、彼に彼女がいるかどうかを突き止めるためだった。誰も出ないことを願う女性。しかし、彼からの電話だと勘違いした彼女が受話器を取り、残酷にも彼の名前を呼び捨てで発する。
しかも、受話器の向こうから漏れ聞こえるのは、私と彼の2人だけの思い出が詰まったメロディーだった。もし誰かが出たら、間違い電話のふりをして切るはずだったのに。今と違い当時の電話は、相手が分からないまま受話器を取ることになる。電話だからこそ生まれた悲劇を表現した、辛く切ない作品である。
横恋慕(1982年)
彼女と一緒にいる彼に電話をかける心理1982年発売のシングル。失恋ソングなのに曲調は明るくリズミカル。オリコンチャートでも最高2位とヒットしたので、記憶に残るリスナーも多いことだろう。彼が不在の部屋に電話をかける「B.G.M.」に対し「横恋慕」は彼と彼女が一緒にいる部屋に電話をかける女性が主人公。その真意は嫌がらせではなく、「♪好きです あなた」という自分の本心を彼女にも共有するため。
きっぱり別れることを彼と彼女の双方に伝えたかったのではないかとつい想像してしまう。そして、それを実現する方法は、彼女と一緒にいる彼の部屋に電話をかけることだった。自分の恋心を彼に伝えたい思いを我慢できずに、夜更けにもかかわらず、彼女がいるにもかかわらず、電話をかけてしまう。そんな切ない思いが痛いほど伝わってくる。
今も心に響く中島みゆきの電話歌
以上、歌詞に電話が登場する中島みゆきの作品を、発売順に5曲紹介して見た。時代が進むとともに電話の使いかたが洗練され、巧妙になっていくのが興味深い。今も電話は存在するが、コミュニケーション手段はスマホへと代わり、友人や恋人とのやり取りは、メッセンジャーやチャットアプリが主役となった。
受話器を上げてダイヤルを回す行為は記憶の彼方だが、自分の感情をのせて情報を伝達できる音声通話の価値は、今も色褪せない。そして、寂しさを紛らわしたり、相手の心を探ったり、ときには自分を慰めたりする時に誰かの声を聞きたくなるのは、今も昔も変わらない。だからこそ、中島みゆきの電話歌は、固定電話が消えつつある今も、心にずしんと響くのだろう。
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2026.02.13