30年以上ファンに愛され続けている「サンデー・ソングブック」
自らの膨大な音楽コレクションを中心にオールディーズソングを紹介する山下達郎の『サンデー・ソングブック』(TOKYO FM)。なんと30年以上もコアなファンに愛され続けるラジオ番組である。
最近は番組内でもことあるごとに「前期高齢者」だと自虐する達郎だが、このサンデー・ソングブック(通称サンソン)がこんなにも長く放送を積み重ねられているのには理由がある。それは、達郎の音楽全般に及んだ生き字引きとも言えるマニアックで面白いエピソードの数々ともうひとつ、番組内で紹介するレコード音源を達郎自身が自宅でシコシコとリマスタリングする “アナログ起こし” のこだわりであろう。
このひと手間は、達郎が持つ生粋のオタク気質に加え、古く劣化した名曲たちの音質を引き上げて現代の楽曲同等の音圧やバランスでリスナーに聴いてほしいという音楽人としてのプライドもあるはずだ。いつも何の気なしにふつうに聴いているけれど、その “ふつう” というのは実はふつうではない。往々にして「ふつう」という言葉で片付けられてしまう裏側には、誰にも気づかれないような細やかな演出が隠されているものなのだ。
最新リマスターされた「FOR YOU」がリイシュー
さて、今日5月3日は山下達郎の『FOR YOU』が、アナログレコードとして最新リマスター&ヴァイナル・カッティングによりリイシューされる日である。今では常識になりつつある180g重量盤での発売だ。
そして、この『FOR YOU』を皮切りに、1976年〜1982年にまでにRCA/AIRにて発売されたアナログ盤が同仕様で随時リイシューされていくことも決まっている。昨年リリースされた『SOFTLY』に手ごたえを感じたのだろう、カセットテープも同時発売である。マニアにとっては垂涎ものだ。
カセットテープをラインナップに加えたあたりは達郎が求める音への飽くなき探究心の表れだと言える。ラジオもそうだが、“そのとき出せる最高の音質” を、より多くのお客様に届ける使命が彼を突き動かしているのだ。
ちなみにリマスタリング… いわゆる『リマスター』と似たような音楽用語で『リミックス』というのがある。簡単に説明すると、リマスターは『古い音源を最新の技術で再生させる』であり、リミックスは、『音源を元に手を加えて作り変えること』である。つまり、原曲から曲の雰囲気をガラッと変えるのがリミックスだ。
アナログレコードとディスコ文化と密接な関係
アナログレコードブームは、デジタル機器のスペック向上やネット環境の整備、インフラの進化、それに加えてディスコ文化と密接な関係がある。
1980年代後半… CD全盛期になってからも多くのクラブシーンでは輸入アナログレコードが一般的だった。1990年代に入ると徐々にドレスコードがあったディスコがカジュアルなスタイルで楽しめるようになり、アナログレコードは一部の若者にレトロチックなファッション、あるいはクラブカルチャーとして受け入れられた。
2000年代、PCなど電子機器の飛躍的なスペック向上、そして2010年代スマホの圧倒的普及により市民権を得たYouTubeが世界との距離を一気に縮めてくれた。そしてここ数年TikTokなどの動画サイトやSpotifyなどのストリーミングサービスが充実したことで、洋楽邦楽はもちろん年代を問わず様々な音楽がより一層身近になった。世界各地で情報のやり取りが簡単にできるようになり音楽を手軽に聴ける環境が一気に広がったのだ。
素人投稿動画で火が点いた日本のシティポップは世界中のクラブシーンで話題となり、過去の音源が掘り起こされて脚光を浴びブームになったのは、まさにテクノロジーの進化の賜物である。その結果、その元となるアナログレコードに若者たちが群がり始めたというわけだ。そしてみんな気がついてしまった… 初めて耳にしたデジタルでは得られない温かい音色、そして80年代の楽曲が持つ素晴らしいメロディラインに。
1989年にアナログレコードの生産から撤退したソニーだが、2018年にソニー・ミュージックグループがおよそ29年ぶりにアナログレコードの自社一貫生産を再開させた。2021年にはタワーレコードがアナログレコード専門店を新規出店するに至っている。
そう、アナログレコードは今や大手レコード会社も看過できないほどの世界的ムーブメントなのである。
最高の音源に近づける努力を惜しまない山下達郎
さて今回の『FOR YOU』だが、2002年に1度、本人が監修によるデジタル・リマスタリングによってアナログ盤をリイシューしている。ちなみにCDは、1990年にも達郎本人による監修で、デジタル・リマスタリングされリイシューされている。つまりリマスタリングの機器や設備の進化、技術の向上が確認される度に音質を常に更新し続けているのだ。そう、その都度ごとに最高の音源に近づける努力を達郎は惜しまない。この辺りのこだわりには本当に恐れ入る。
最後にこんなエピソードをひとつ。
東日本大震災が起こり、放送休止を余儀なくされたサンソン。その翌週2011年3月20日の放送で、達郎は被災地で聴いているリスナーのために小型のトランジスタラジオで最もいい音で聴けるように音質を調整して「鎮魂歌集」の放送をしたのだ。
そう、山下達郎が考える良い音質の定義とは、そのときに聴く場所や環境をも鑑みるのだ。
果たしてこんなことを思い付く… そして実際にやってのけてしまうミュージシャンは日本で山下達郎しかいないと思うのだがどうだろう。
ふつうの裏側には気づかれないような細やかな演出がなされている。ふつうとは幸せであり、裏側の演出とはすなわち愛のことである。早速達郎からの愛を受け取ろうじゃないか。
新しいアルバムに針を落とす瞬間のドキドキが待ち遠しいばかりである。
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2023.05.03