中山美穂主演のラブストーリー「For You」脚本家 中園ミホが描くシングルマザーの奮闘！

アイドルとの決別？ 悩み多きシングルマザーを演じた中山美穂

今からちょうど30年前の1995年１月クール。フジテレビの “月９” 枠で放送された連続ドラマ 『For You』は中山美穂がヒロインを演じたラブストーリーである。このドラマで中山美穂は航空機事故で恋人を失い、意図せずシングルマザーになってしまう悲劇的な主人公、吉倉弥生を好演している。

彼女が母親役を演じたのは、1987年のラブコメドラマ『ママはアイドル』以来だったが、今回はアイドルどころか冒頭からシリアスな展開で、視聴者を先行き不安な空気に巻き込んでいく。おそらく視聴者の多くは、主人公がいきなり不幸に見舞われるこの作品が、それほどシンプルなラブストーリーでないことにすぐ気付くはずだ。

多くの恋愛ものは、男女の出会いから成就するまでの紆余曲折が描かれることが多いが、このドラマは早々に恋が成就してしまう怒涛の展開。弥生は就職先の上司である三矢徹（高橋克典）に心惹かれていくが、２人が結ばれるまでの過程にストーリーの要所はない。そうではなく、２人の関係がやがて公となり、新しい生活に歩み出そうとするその過程こそが物語の肝となっているのだ。

思うに、俳優としての中山美穂がこの作品を主演作として選んだのも、彼女自身の生い立ちに関係しているのかもしれない。作中、亡くなった恋人の子供を育てている弥生の戸籍は、配偶者の欄が空欄のままになっているが、これは幼い頃に両親が離婚し、父の記憶も朧げなまま妹（中山忍）と共に母親に引き取られたという、彼女の自伝にある記述内容とも重なっている。おそらく求職もままならない母親の苦労を目の当たりにしてきた彼女にとって、子供がいることを周囲に伏せて働き口を見つけなくてはならない主人公の境遇には感じ入る部分もあったことだろう。

シングルマザーの奮闘ぶりを描いた脚本家・中園ミホ

このドラマを執筆したのは脚本家・中園ミホ。後に『やまとなでしこ』『ハケンの品格』『Doctor-X 外科医・大門未知子』や『花子とアン』などを手掛け、女性ヒロインを描かせたら屈指といわれる人気脚本家になるも、当時はデビュー２年目の新進ライターであった。

偶然にも中山美穂と名前の響きが似ているが、中園もまたこのドラマには特別な思いを背負って執筆に臨んだようだ。何より自身が主人公同様、働くシングルマザーという境遇にあったからである。もちろん彼女は文筆業という特殊な立場ゆえ在宅での就労が可能な環境にあったわけだが、駆け出しのフリーライターとしては、生活のために必死で仕事をこなしていかなければならない立場にあった。それまで作風を評価されながらも手掛けた作品は共作や単発ものばかりだった中園。連続ものは大変だから断り続けてきた彼女が、真摯に仕事と向き合うことを決意するきっかけが出産だったという。

綿密な取材と観察眼に定評がある中園の作品に共通するのは、職業を持つ女性に対する理解の深さと優しさだろう。ドラマ『For You』は初回から視聴率20％を超えると最終回まで全話平均21.5％と多くの支持を得て、『ザ・テレビジョン・ドラマアカデミー賞』を受賞。同クールに放送されたドラマ作品の中では最も高い評価を受けた。

経済的な自立だけでなく、地域や職場などでの社会的認知や、“シングルマザーも恋愛したっていい！” というプロローグとともに、この物語は彼女たちに “心は自由でいいんだよ" と教示しながらも、現実とのギャップとそれに立ち向かっていく勇気を与えるエンタテインメントなのであった。

主題歌「HERO」に込められた物語のテーマに通じる想いとは？

このドラマの主題歌は『HERO』。世界の歌姫マライア・キャリーの1993年の大ヒット曲を中山美穂が日本語版としてカバーした作品だ。当初からこのドラマの主題歌として放送開始の約１か月前、1994年12月14日にリリースされている。



そしてドラマがスタートした翌週、1995年１月17日に発生した阪神淡路大震災は関西地区に甚大な被害をもたらした。中山はCDの売上を復興のための義援金として寄付することを発表する。ヒットチャートは最高で８位。図らずもこの楽曲は被災した困難にも負けずに復興に立ち上がる人々の気持ちを奮い立たせる応援ソングとしてもリスナーたちの心に刻まれる楽曲となった。

ドラマの最終回では、主人公が就職にあたって子供がいないことにしたり、子供の機嫌を損ねたりすることから逃げて自分を偽り、心の内に臆病さを抱え込んでいたことに気付く。そして今後はそれらを怖れずに向き合うことで、人生の新たな一歩を歩みだそうとする物語の結末が描かれる。

ドラマに登場する “ヒーロー” とは困ったときに助けてくれる登場人物ではない。自分の中に眠っている困難に立ち向かう自分自身の強い心なのである。そして楽曲『HERO』が単なるラブソングではなかったように、ドラマ『For You』もまた単なるラブストーリーではないのだ。

昨年12月6日に亡くなられた中山美穂さんのご冥福を心よりお祈りいたします。

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2025.02.06