2022年 11月25日

これが “ロンバケ” の原点だ!大滝詠一の 1st アルバム「大瀧詠一」リリース50周年

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大滝詠一のアルバム「大瀧詠一 乗合馬車(Omnibus)50th Anniversary Edition」がリリースされた日
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”はっぴいえんど”は、当時のインディーズシーンでもカルト的存在だった?


1972年11月25日、大滝詠一のファーストソロアルバム『大瀧詠一』が発売された。この “大滝” と “大瀧” の表記の違いについて、初期は大瀧と表記していたけれど、その後はご本人が、原則としてアーティスト名の場合は “大滝”、プロデュースやスタッフワークのクレジットの場合は “大瀧” と表記していたので、ここでもそれに倣います。

大滝詠一を知ったのは、“はっぴいえんど” のメンバーとしてだった。彼らのアルバム『はっぴいえんど(通称 “ゆでめん”)』(1970年)、『風街ろまん』(1971年)はリアルタイムで手に入れたし、ライブにも行ける限り足を運んだ。だから、岡林信康のバックバンドとしての演奏も目撃している。





とは言うものの、今となっては伝わりにくいと思うけれど、当時のはっぴいえんどはインディーズシーンの中でもカルト的存在のバンドだった。だから、これらのアルバムも今でこそ名盤との評価が確立しているけれど、当時は2万枚も売れていなかったハズだ。けれど、まだ日本のリスナーに、アルバムを作品として聴くという習慣がほとんど無かった時代に、2万枚近く売れたということは、たいしたことでもあった。

はっぴいえんどに感じたのは、当時の日本のロックバンドの中でもきわめて先進的な “日本語のロック” というコンセプトと、カントリーロックをベースとした音楽性との程よいミックス感覚の魅力だった。そのサウンドには、確実に新しい “日本のロック” が生まれているという感覚があった。

大瀧詠一、複雑なリリース・スタイルの背景とは?


大滝詠一が初めてソロ名義でシングル「恋の汽車ポッポ」を発表したのは、はっぴいえんどのセカンドアルバム『風街ろまん』が出たひと月後の1971年12月10日だった。しかも『風街ろまん』は前作『はっぴいえんど』と同じURCレコードから発売されたのに対して、「恋の汽車ポッポ」をリリースしたのはキングレコードだった。そして、キングレコードは同じ日に『風街ろまん』の収録曲「花いちもんめ / 夏なんです」(「花いちもんめ」は鈴木茂の曲、「夏なんです」は細野晴臣の曲)のカップリングによるシングルも発売していた。ちなみに、キングレコードは、1971年4月1日に『はっぴいえんど』に収録されていた「12月の雨の日 / はいからはくち」のシングルもリリースしていた。



こうした複雑なリリース・スタイルの背景には、URCレコードとキングレコードとの間で、はっぴいえんどの原盤制作やレコードの発売権を巡っての駆け引きがあり、その結果こういう結果になったのだが、このあたりの事情、さらにはソロアルバム『大瀧詠一』が制作されることになったいきさつ、アルバム収録楽曲の解説やクレジットについてはCD盤『大瀧詠一』(1995年)の本人による詳細な解説があるので。詳しくはそちらを参照していただきたい。

もちろん、ただのリスナーだった僕はそんな裏事情も知らず、はっぴいえんどのメンバーがソロでも活動する、という当時とすれば珍しい動きを単純に面白がっていたし、はっぴいえんどのシングルと同時に発表されたことで、大滝詠一のソロ活動も、はっぴいえんどが活動の枠を少し広げた、というくらいの受け取り方だった。そして大滝自身も、この動きをグループ内ソロと認識していたとCD盤『大瀧詠一』のライナーに書いていて、当時の予定では大滝だけでなく、他のメンバーも順番にソロレコードを発表することになっていたともいう。

こうした動きを推し進めていたのが、キングレコードのディレクター、三浦光紀だった。そして三浦光紀はキングレコード内レーベルとして1972年にベルウッド・レコードを発足させると、大滝詠一のソロ活動にも積極的に関わって行き、6月にセカンドソロシングル「空飛ぶくじら」を発表する。ちなみに「空飛ぶくじら」はベルウッドのカタログにおける3枚目のシングル。1枚目はあがた森魚の「赤色えれじー」だった。

「空飛ぶくじら」はちょっとした問題作だった。大滝詠一が、はっぴいえんどの曲とは違うポップなテイストにチャレンジしたこの曲では、レコーディングにも他のメンバーは参加していなかった。しかし、アーティストクレジットが「大瀧詠一(はっぴいえんど)」となっていたため、はっぴいえんどの曲と思われてライブでリクエストされることもあったという。

僕自身、最初に聴いた時からこの曲は気に入っていたけれど、はっぴいえんどからははみ出していく音楽性を感じていた。

はっぴいえんどの中で唯一ソロ活動を実践していた大瀧詠一


アルバム『大瀧詠一』がリリースされた1972年11月も微妙なタイミングだった。この頃には公表はされていなかったが、はっぴいえんどが解散することも決まっており、ロサンゼルスでレコーディングされたラストアルバム『HAPPY END』(1973年2月発売)のレコーディングも終わっていた。

大滝詠一は、はっぴいえんどの活動の一環という理解を得て、ソロアルバムのレコーディングを進めていったのだが、その間にグループの解散が決まってしまっていたのだ。



確かに、はっぴいえんどはセカンドアルバム『風街ろまん』でそのコンセプトを完成させてしまっていた。そして、そこから先のグループとしての展望を持てていなかった。その意味では、メンバーがソロの作品をつくることは理にかなっていたのだと思う。けれど、実際にソロ活動が実践できていたのは大瀧詠一だけで、他のメンバーのソロ活動はグループ解散までには間に合わなかった。

もしかしたら、サードアルバム『HAPPY END』にグループ継続の望みが託されていたのかもしれないとも思う。けれど、細野晴臣がソロアルバム『HOSONO HOUSE』(1973年5月発売)のレコーディングに入ったのは『HAPPY END』発売後だった。

「A LONG VACATION」への開花につながるファーストソロアルバム


結果的に、アルバム『大瀧詠一』は、大滝詠一自身のはっぴいえんどでの活動からソロアーティスト、さらにはプロデューサーとしての活動の分岐点に形作られたアルバムと言っていいんじゃないかと思う。

このアルバムに収められている曲たちからは、はっぴいえんどのストイックさ、アメリカンポップスの華やかさ、ロックンロールのビートとトキメキ、さらにはこの時代の日本に生きる若者としての想い、などさまざまな角度の音楽性が混然一体となって伝わってきた。

それは、まさに彼が聴いてきたエルヴィス・プレスリーからバッファロー・スプリングフィールドまでのポップミュージックのエッセンスを、大滝詠一ならではの音楽として血肉化した世界だ。そして、これらの要素がここから先のナイアガラ・レーベルを誕生させ、さらには『A LONG VACATION』(1981年)への開花につながっていくのだ。


その意味で『大瀧詠一』は『A LONG VACATION』の原点と言っていいアルバムだ。もちろん、それぞれのアルバムに収録されている楽曲同士にも通じるものがある。しかし、なによりの共通点は、もしかしたらその知名度に差はあるかもしれないが、共にエヴァーグリーンの魅力を持つアルバムだということだ。

2022年11月25日、アルバム『大瀧詠一』の50周年エディションとして『大瀧詠一 乗合馬車(Omnibus)50th Anniversary Edition』が発売となった。すでにご存じの方も多いとは思うが、この “乗合馬車(Omnibus)” とはアルバム『大瀧詠一』につけられるはずだったタイトルだ。

もともとレコードのアルバムとは、写真のアルバムのように何枚ものSPレコードを本のようにセットしたところから生まれた言葉で、その故事に習って6枚のシングルをセットにして『乗合馬車(Omnibus)』のタイトルで出そうという構想があった。しかし、途中で通常のアルバムとして出す企画へ変更されたため、幻のタイトルとなっていた “乗合馬車(Omnibus)” が50年目にして復活することになったのだ。

なお『大瀧詠一 乗合馬車(Omnibus)50th Anniversary Edition』には、CD盤『大瀧詠一』(1995年)に収録された大瀧詠一自身による詳細なライナーノーツも再録されるとのこと。ぜひ、こちらも併せてお読みいただければと思う。

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カタリベ
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