愛する人と死別した哀しみを歌った「木蘭の涙」
今回は、1993年3月にリリースされたスターダスト☆レビューの「木蘭の涙」を取り上げてみよう。そう、この曲は愛する人と死別した哀しみの歌である。多くの人はスターダスト☆レビューのオフィシャルYouTubeチャンネル『STARDUSTREVUEch』にあるライブ映像からこの曲を知ったのかもしれない。およそ5,000万回視聴されている人気のLIVE動画である(2025年4月時点)。
この歌を聴いた多くの人たちは、亡くなった恋人(男性)を偲ぶ、女性目線の歌だとイメージするらしい。しかし、作詞の山田ひろしによると、これは男歌(彼女が亡くなったこと哀しむ男性目線の歌)として書いたという。今回はその辺りも含め、描かれた物語の世界をじっくりと想像してみたいと思う。
まず、「木蘭の涙」は男歌なのか、それとも女歌なのか? 最初に1993年3月リリースのオリジナルバージョンを聴いてみて欲しい。スターダスト☆レビューのボーカルである根本要のハスキーで芯のある強い声の印象から、きっと男歌に聴こえるはずだ。
その次に、2005年5月にリリースされた「木蘭の涙~acoustic~」を聴くと “なるほど!” と思うだろう。語りかけるような優しい歌声から主人公が女性に入れ替わって聴こえるのだ。歌い方ひとつで印象を変えてしまうボーカル根本要の力量が半端ない。
女歌に聴こえる「木蘭の涙」アコースティックバージョン
さあ、今回は、女歌のように聴こえるアコースティック・バージョン(木蘭の涙 ~acoustic~)で想像を膨らませてみるよ。まずはAメロから解説してみよう。
いとしさの花籠
抱えては 微笑んだ
あなたを見つめてた
遠い春の日々
やさしさを紡いで
織りあげた 恋の羽根
緑の風が吹く
丘によりそって
Aメロの冒頭の「♪いとしさの花籠 抱えては 微笑んだ」は、どこか昔話のような優しい印象で、彼女の片思いから相思相愛になるまでのストーリーが美しく語られている。
その中で2人を見守る象徴として描かれているのが、「♪緑の風が吹く丘」にあるモクレンの木だ。丘にあるということはシンボルツリーであり、このモクレンは一般的な低木のモクレン(シモクレン)ではなく、高さが5メートルにもなる大きなハクモクレンの木ではないだろうか。ちなみに、ハクモクレンの花言葉は”慈悲”である。
「木蘭の涙」は、映画「支那の夜」をオマージュ?
「木蘭の涙」は、スターダスト☆レビューのベーシスト、柿沼清史が作ったメロディが先にあり、そこに作詞家の山田ひろしが歌詞を付けた曲先の歌のようだ。僕の想像だけれど、ヨナ抜き音階の中国風メロディを聴いた山田は、そのオリエンタルな旋律から中国を舞台にした恋物語を思い浮かべたのではないだろうか? 僕が初めて「木蘭の涙」を聴いたときも、直感的に思い浮かべたのは「蘇州夜曲」だった。
85年前に作られたこの古い曲は、映画「支那の夜」(1940年公開)の劇中歌である。映画には、恋人と愛を確かめ合った思い出の小高い丘(蘇州市の虎丘)で、主人公が亡くなった彼を偲びながら、“夢なら、いつまでもいつまでも覚めないで” とひとり泣き崩れるシーンがあって、このときに哀しみを誘う曲として「蘇州夜曲」が流れるのだ。
そう、「木蘭の涙」の歌詞は、この映画をオマージュしたのではないか? ということが読み取れる。美しいメロディと戦時中の中国を舞台にした悲恋… この曲のタイトルが日本語表記の “木蓮” ではなく、中国表記の “木蘭” にしたのは、そういった理由からなのではないか。
哀しみを増幅させる「いつまでも側にいる」というフレーズ
やがて 時はゆき過ぎ
幾度目かの春の日
あなたは眠る様に
空へと旅立った
いつまでも いつまでも
側にいると 言ってた
あなたは嘘つきだね
わたしを 置き去りに
ここで気になるのは、サビのフレーズにある「♪いつまでも いつまでも 側にいると 言ってた」である。これはオマージュ元である映画の時代背景(1940年頃)から想像すると、単純に “いつまでも一緒だよ” という意味ではないだろう。
1931年の満州事変、そして1937年の盧溝橋事件を経て日本と中国は戦争に突入してしまった。国籍の違う2人はようやく結ばれたが、日に日に悪化してゆく日中関係の不穏な動きは一般市民でも如実に感じ取っていたはずであり、だからこそ「♪側にいる」というフレーズは “国が2人を分かつとも、僕は君と一緒にいるよ” という、より強い意思が込められた歌詞だろう。
置き去りになった女性主人公の孤独は、平和な時代を生きる僕らにとって計り知れないほどの哀しみに違いない。
「あなたを呼んでいる」という心の叫び
木蘭のつぼみが
開くのを見るたびに
あふれだす涙は
夢のあとさきに
あなたが 来たがってた
この丘にひとりきり
さよならと言いかけて
何度も振り返る
ハクモクレンの開花期は3月〜4月である。彼女は、毎年春に彼を偲んでハクモクレンの丘に来ているのだろう。そして涙する。いつまでも彼を忘れられないからだ。「♪夢のあとさきに」は、もうこの世には存在しない彼のことを受け入れながら、それでもなお、彼への想いが尽きないということを意味している。「♪さよならと言いかけて」とは、彼女は亡くなった彼に対してまだ別れを告げてないということ。それは “さよなら” と言った瞬間に彼と本当のお別れになってしまうからだ。
彼の姿はまだハクモクレンの側に見えて、それゆえ何度も振り返ってしまう… “そこにいた” 残り香のような透明な存在感を手放すことができないのだ。理解はしていても心が許さない… そんな心の葛藤が頭のサビの歌詞であり、抑えることができない心の叫びなのである。彼女は木蘭の慈悲を求めて、これからもこのハクモクレンの丘に通い続けるのだろう。愛する者を失った苦しみを忘れない。哀しみを抱えてこれからも生きてゆくしかないのだ。
誰もが認める平成のスタンダード曲「木蘭の涙」
逢いたくて 逢いたくて
この胸のささやきが
あなたを探している
あなたを呼んでいる
『STARDUST REVUE 30th Anniversary Tour』で「木蘭の涙」を歌うボーカルの根本要は、終始上を見つめて歌唱する。旅立った先の空を見つめているという演出なのだろう。いや、演出というより、歌の主人公そのものになり切っているのだ。絞り出すようなハイトーンは、歌の後半に “これでもか!” という哀しみの絶頂を何段階も超えてゆくのだが、その声も表情も明らかに泣いている。視聴する方もきっと涙が滲んでしまうだろうけど、どうか最後まで見届けて欲しい。
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2025.04.23