ロバート・ダウニー・Jr.の映画『シャーロック・ホームズ』を観た。
シャーロック・ホームズといえば、言わずと知れた世界中で愛される推理小説の金字塔である。
小学校の図書館で推理小説コーナーの花形といえば、江戸川乱歩の明智小五郎とコナン・ドイルのシャーロック・ホームズ、モーリス・ルブランのアルセーヌ・ルパンだった。
最近の小学校の図書館には、あの秀逸な表紙(ポプラ社)の絵のお陰でかなり怪しい雰囲気を醸し出していた、このゴールデントリオのコーナーがなくなっているのが残念で仕方ない。なので、うちの子供たちもそれらのシリーズを読んだことも見たこともないらしい。時の流れとは驚きだ。
そのひとつ、シャーロック・ホームズなのだが、彼は世界でこれまで一番映像化されたヒーローなのだとか。また当然二次創作物もその何倍もあるはずで、とにかく創造力をかき立てられる存在であることには間違いない。最も有名なところだと―― ルブランはルパンと戦わせフランス人らしくイギリス人のホームズをこてんぱんにしたし、最近では『シャーロック・ホームズ対伊藤博文』なんていうのもある。『名探偵コナン』だって二次創作の範疇と言っていい。
さて、数ある映像化されたシャーロック・ホームズの中でも多くの人が「これぞシャーロック・ホームズだね」と人気が高いのが1984年から1994年まで6シリーズ続いたジェレミー・ブレットが演じるシャーロック・ホームズではないだろうか。
日本では NHK でもたびたび放送されてきたし、作品のもつ陰鬱な雰囲気もなかなかの再現だと思う。因みにフロックコートを着ていないホームズは彼が初めてなんだとか。実はフロックコートは挿し絵画家が創作したもので、小説には一言も出てこない。
ブレットはイギリス人紳士らしくウールのチェスターコートを着てシルクハットをかぶり、少し頬のこけた感じがまたすごくリアルなホームズだ。対するワトソンが少し抜けている感じで画面をなごませる。
―― と定着していたホームズ像に新しい風を吹き込んだのが、ロバート・ダウニー・Jr.版だ。イギリス人はとかく国内の作品をアメリカ人が演じるとなるとうるさい。一番はそのアクセントのせいだろう。忠実にブリテッィシュイングリッシュで演じなければ総スカンを食らう。例えば、ケビン・コスナーのロビン・フッドはアウトでレネー・ゼルウィガーのブリジット・ジョーンズはオーケー、というように。
ロバートのホームズは、アクセントはオーケー。でも心底納得するにはあまりにも新しい! 派手なアクションシーンがあるだけでも驚きなのに、裸でベッドに手錠で繋がれたり、しわくちゃのシャツを着ていたり、彼のホームズはとてもコミカルだ。相棒のワトソンもかなり肉体派でアクションシーンではホームズの完璧なバディだ。
原作に忠実に再現されていると評価されてきたジェレミー ・ブレット版。そこから新たな側面に光を照らし、これもホームズ、そしてワトソンなんじゃないの? と提示した新・ホームズ映画にはなんだかとっても得意げな雰囲気がある。
そしてこの映画の最後の方に出てくるホームズの台詞、今回の事件に出てくる電波で操作する機械を「未来の技術だ」と言い、次に続くストーリーを予想させるように一点を見つめるシーンがあるのだが、この映画の新しい挑戦を象徴するような台詞でもあり印象的だった。「未来」というまだ見たことのないものを畏怖しつつ、その反面ワクワクする気持ちを抑えられない。それはそもそも小説シャーロック・ホームズの真骨頂だろう。
もちろん、私たちはホームズの世界、19世紀の「未来」にいるわけで、「未来の技術」がどれほど現代に恩恵と恩恵以外の影響をもたらしているか、知っているわけである。そんな私たちに「未来」という言葉をこの映画は投げかける。
小学生の頃、自分が大人になった姿は想像できなくても、なんとなく生活ぶりはそんなに変化ないだろうな、と思っていた―― 確かにパソコン、携帯電話、スマホの普及ですごく変化した部分はあるけれど「変化においていかれる」と恐怖に感じることはなかった。
ところがこの1年、2年はその反対だ。老いていく姿はなんとなく想像できるのに、世の中の変化は遥か遠く自分の想像を越えるだろうな、と予感している。私がいなくなった「未来」、漫画『ドラえもん』やその他のアニメのような架空の世界ではなく、もっともっと感覚的に理解している「未来」はやはり畏怖とワクワクでしかない。そして、残念なことに圧倒的に畏怖の方が強い。
だから、伝統的なものに安心するし、革新的なものや変化には「失敗するかもしれない」という恐怖がつきまとう。未来の人類は「未来の技術」をどう使いこなすのだろうか。新しいホームズの挑戦は変化を恐れない勇気を感じさせ、清々しい。
対するジェレミー・ブレット版はこれからもずっと愛され続けるはずだ。人間は安心したい生き物だし、それだけでなく、陰鬱とした雰囲気の中にある堅いホームズの魅力は絶品だ。そしてこの重厚なシリーズが、日本においては80年代半ばから数年間、ほぼバブル期と重なるように放送されたのも面白い。どこかで帳尻を合わせたくなるのも人間のサガなのだろうか。
夏休みで浮かれた気分を落ち着け、また、読書の秋の BGM にブレット版シャーロック・ホームズのオープニングテーマなどどうでしょう。堅くていびつな石畳を歩くコツコツという革靴の足音が聞こえてくるようではありませんか?
2018.09.13
YouTube / AXN Mystery
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