『THE BEST OF YUKIHIRO TAKAHASHI[EMI YEARS 1988-2013]』(ユニバーサル ミュージック)。タイトルどおり、EMI在籍時の1988年から2013年までの26年間に、幸宏がどんなふうに時代と向き合い、あるいは時代の先を行ったかがよくわかるベスト盤だ。ただ幸宏の場合、存命中に創りあげた音楽は本当に幅が広く、ベスト盤の選曲が困難なアーティストだ。誰がどう選ぼうが “なんであの曲が入ってないんだ?” と横ヤリが入ることは確実だからだ。
続く2曲目に「Tomorrow Never Knows」を選んだのも興味深い。1988年発表『EGO』のオープニング曲で、幸宏が愛したビートルズのカバーだ。ジョン・レノン作の原曲(1966年『リボルバー』収録)はボーカルを、ハモンドオルガンに使われている回転式スピーカーに通してみたり、テープループを多用したり、歌詞も尖りまくっている1曲だ。
幸宏バージョンは、途中の歌詞「♪That love is all and love is everyone」(愛はすべてで、愛とはみんなのこと)をダブルトラック、アカペラであえて冒頭に持ってきて、導入部にインドの楽器・タブラとシタールを使ったり、カモメの鳴き声のような音を入れたり(本家はポールの笑い声をテープループにして再生、カモメの鳴き声のような音に)、ビートルズ好きにはたまらない遊びが満載。歌詞がはっきりと聴き取れるよう、ジョンよりも明瞭に歌っているのがいい。幸宏はジョンの世界観込みで、この曲が大好きなのだ。
幸宏の魅力が集約されたセルフカバーアルバム「Heart of Hurt」
各曲について細々と書いていくとキリがないのでここで止めておくけれど、この冒頭2曲の時点で選曲に間違いないことがわかる。さすが鈴木慶一。ざっと収録曲のリストを見渡すと、15枚のアルバムからまんべんなく選ばれているが、目立つのは1993年発表のセルフカバーアルバム『Heart of Hurt』収録曲の多さだ。36曲中7曲だから、このベスト盤の20%近くを占める。つまり、幸宏の魅力はこの1枚にかなり集約されているということだ。
『Heart of Hurt』のジャケットは、アコギを抱え、椅子に腰掛けた幸宏のバックショット。このジャケット写真が示すとおり、1993年以前に幸宏が発表した曲を、アコースティックサウンドでセルフカバーした12曲が収録されている。名曲ぞろいで、アレンジをシンプルにした分、作曲家・高橋幸宏の才能がよくわかる1枚だ。中でも特筆すべき1曲は「Left Bank[左岸]」だ。
今回のベスト盤に『EGO』のバージョンではなく、ピアノ演奏だけをバックに歌った『Heart of Hurt』収録のバージョンを選んだところに、慶一の幸宏に対する “感謝の思い” が伝わってくる。『Heart of Hurt』が出た1993年は、YMOが10年ぶりに再生した年でもあった。『EGO』から5年が経過して、いろいろ思うところがあったのか、幸宏の歌声がオリジナルと変化しているのも聴きどころ。あらためて聴いて、ちょっと泣きそうになってしまった。このベスト盤で、ボーカリストとしても唯一無二だった幸宏の歌声にも浸ってほしい。