1994年 2月9日

【ミリオンヒッツ1994】B’z「Don't Leave Me」ハードロックへと突き進む意志表明!

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リレー連載【ミリオンヒッツ1994】vol.4
Don't Leave Me / B’z
作詞:稲葉浩志
作曲:松本孝弘
編曲:松本孝弘・明石昌夫
発売:1994年2月9日
売上枚数:144.4万枚

時代の頂点に立ったロックユニット、B'z


B’z14枚目のシングル、「Don’t Leave Me」がリリースされたのは、1994年の2月9日、ちょうど今から30年前のことである。1994年は、音楽シーンで多くのミリオンセラーが生まれた年。この年のオリコンチャートの年間シングル1位はMr.Chirdrenの「innocent world」で、次いで広瀬香美の「ロマンスの神様」、篠原涼子 with t.komuro「恋しさとせつなさと 心強さと」が続き、「Don’t Leave Me」は年間4位である。

上位3曲が、そのアーティストにとっての出世作、あるいは前作のブレイクを受けてのさらなるメガヒットだったことに比べ、「Don’t Leave Me」は、B’zが90年の5作目「太陽のKomachi Angel」から続く連続1位記録を10作まで伸ばした、まさしく絶好調期の作品に当たる。また、8作目の「LADY NAVIGATION」以降は出す曲全てがミリオンセラーを記録し、この「Don’t Leave Me」も連続7作目のミリオン。まさしく時代の頂点に立ったロックユニットだった。

スケールの大きなアメリカンロックを体現した「Don’t Leave Me」


ただし、「Don’t Leave Me」は、かなりブルージーでヘビーなハードロックである。それまでは、比較的ポップなメロディーラインとキャッチーなサビの連呼、さらに言うなら陽キャでイケイケなノリの良さが身上だったB’zの作品群の中では、かなり内省的で重たい印象を受ける楽曲だった。

冒頭、ブルースハープで始まるところからもそれまでの彼らのナンバーとは全く異なる印象を抱くが、さらに途中でリズムがチェンジし、後半から次第に圧を増していく、複雑でスケールの大きなメロディーを持つ。それに呼応するかのように、稲葉浩志のボーカルも、一層太くなって、逆に高音のシャウトはさらに力強さを増している。今ではすっかり稲葉のトレードマークとなったハイトーンのシャウトも、この曲ではギターソロに入る前に披露されているのも印象深い。

B’zは以前から、エアロスミスの影響を指摘されていたが、この「Don’t Leave Me」は最もその色がよく出た楽曲であった。スケールの大きなアメリカンロックを日本人が体現し、それを大衆化することのできた作品と言えるかもしれない。



自分たちがいいと思った曲をあえてシングルにした


歌詞の内容も、失恋の局面にある男性が、自らを悔やむ内容が延々と綴られている内省的なもので、それまでのB’zのアッパーでポジティブな歌を期待していた層には、当初この変化が受け入れられなかったのも理解できる。

だが、「Don’t Leave Me」が突然変異的に生まれた楽曲でないことは、当時を振り返った松本孝弘のインタビューからもわかる。松本は、そろそろ目先を変えたものが必要だと感じ(従来のポップな曲も候補にはあったが)、自分たちがいいと思った曲をあえてシングルにした」と言う旨のことを語っていた。歌詞は失恋ソングでもあるが――

 惜しくない 君を失っても
 本気で思った
 いい気分で坂を転がり

と、あえてこれまでの自分たちの路線を離れても、新しいサウンドに挑戦していこうというメンバーの強い意志を感じさせる内容でもある。心の中では従来のファン離れが起きるであろうことも予測していたはずだが、結果はどうであっただろうか。

前作「裸足の女神」から実に8ヶ月ぶりのシングルであり、それまでの彼らのシングルリリースでは、最も期間が空いている。久しぶりのシングルに期待値は高く、初動で70万枚超えというスタートダッシュで、彼らのシングルでは2番目の初動売り上げとなった。加えて、B’z2人のビジュアル面も大きく変化しており、2人ともロングヘアに変わり、サウンド面だけでなくビジュアル面もロックアーティストのそれに近づいていた。

ヘビーなサウンドに彩られたミリオンセラー・アルバム「The 7th Blues」


この「Don’t Leave Me」は、約1ヶ月後に発売された7枚目のアルバム『The 7th Blues』からの先行シングルという形をとっている。このアルバムは彼らにとって初の2枚組でリリースされ、アルバム全体がブルースやサイケデリックロックなどヘビーなサウンドに彩られた、明らかに従来の彼らとは方向性を異にした内容だった。もちろん従来のポップなナンバーも収録されているが、意図的にハードロック色を強めた方向へ進んでいくことの意志表明としてのシングルが「Don’t Leave Me」だったのである。

そしてこのアルバムは2枚組ながら160万枚超えのミリオンセラーとなった。歴代、日本のチャートで、2枚組のオリジナルアルバムがミリオンセールスを記録したのは3枚しかない。B’zの新たな試みは見事に成功をみたのである。むしろ、それまでB’zのファンは女性層が圧倒的だったところ、この曲からは男性ファン、洋楽ロックを好むリスナー層からも支持を受け始めるようになる。



B’zのターニングポイントとなった「Don’t Leave Me」


ちなみに、「Don’t Leave Me」のカップリング曲となった「Mannequin Village」では、地元を離れた主人公が華やかな都会の生活に溺れていく様が描かれている。この曲はアルバム未収録で、長らくこの8センチCDでしか聴くことができないレアナンバーだった。

また、この「Don’t Leave Me」の頃から、次のシングルとなる「MOTEL」までの期間、つまり1994年のB’zの活動は、ファンの間で “暗黒時代” と呼ばれている。暗い曲調の作品が多かったためだが、現在ではメンバーもそう呼んでいるそう。この「MOTEL」を最後に、それまで彼らの音楽制作をサポートしてきた “B+U+M”(B’zの音楽制作集団)は解体され、現在まで続く、スタジオ入りした稲葉と松本の2人が作詞と作曲を同時進行で制作するスタイルを採るようになる。音楽制作面でもターニングポイントにあったのだ。

だが、この暗黒時代のサウンド面での方向転換がなかったら、現在のB’zは全く違った形になっていたかもしれない。セールス面と自身のやりたい音楽の狭間で苦悩する時期は、バンドやアーティストには必ず訪れることであり、この時期を乗り越えたからこそ、現在のB’zがあるのだろう。

しかし、ここまで実験的な試みの楽曲が、年間4位のミリオンセラーを記録するという事実には、B’zのもつアーティストパワーの凄さを今更ながら感じさせる。単にそれは人気の高さというだけでなく、本来、彼らの持っていた音楽性の高さが、最良の形で表現でき、セールス面でも結果を残せたことが、その後の活躍につながっているのだ。あらゆる意味で「Don’t Leave Me」はB’zのターニングポイントとなった楽曲なのである。

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2024.02.18
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