4月25日

伊藤銀次の80s:スリリングな「打ち込み」アプローチ、60年代を最新型に!

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伊藤銀次のアルバム「STARDUST SYMPHONY '65 - '83」がリリースされた日
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photo:SonyMusic  

今回は80年代のレコーディングを変えた「打ち込み」について話そう。

70年代のレコーディングは、もっぱらドラム、ベース、ギター、キーボードなどの、サウンドの基本、いわゆる「リズム隊」が同時に一緒に演奏・録音した後、弦楽器やブラス、各楽器のソロなどを重ねていくやり方が主流だった。

そのやり方がクラフトワークや YMO、バグルスなどのテクノポップという新しい音楽の影響で一変していく。「打ち込み」が普通のレコーディングにも使われ始めたのだ。

この「打ち込み」という名は、どの位置で、どのくらいの長さ音を鳴らすのか、などのデータを、シークエンサーにパチパチと入力する(打ち込む)ことから来ている。風の噂では細野晴臣さんが名付け親らしいが、真偽のほどは定かではない。

データ入力後、マルチテープに同期信号を録音、この信号によって、テープとシンク(同期)したシークエンサーがリンドラムやさまざまなシンセサイザーを走らせるのだ。

人間の演奏とは違い、何度でもやり直せて、音色もアイデアも時間をかけて自由に選べることから、あっというまにクリエーターたちに支持されることとなった。

特にこれまでの生のドラムでは各パーツの音がかぶって、ひとかたまりの広がりで聞こえていたものが、スネアもキックも「点」として分離よく音画面に存在するのが、近未来的で新鮮な響きとして聞こえた。

さらに自然界のノイズなどをサンプリングして使う冒険的なアプローチが可能になったことで表現の幅も広がった。

僕はといえば、この当時の最先端の洋楽をカセットに録音してはウォークマンで聞きまくっていたので、打ち込みをトライしたくてうずうずしていたが、僕自身の音楽も沢田研二さんや佐野元春君でのプロデュース作品も、生の人間のサウンドだったから、なかなか踏み込む機会がなかった。

ただ、打ち込み音楽がそれとは縁遠いはずのロックにも影響を与えていることには気づいていた。パブロックなどの生の人間によるノリも、70年代の人間くさい「揺れる」リズムから、よりタイトできっぱりとした80年代ノリに変わって来ていたのだ。

そこで「打ち込み」は使わないけれど、手がける作品では、ミュージシャンにそういうノリを要求、今的な音像を目指した。

1982年リリースの『BABY BLUE』の中の「雨のステラ」などの、人間的なフィーリングを残しつつもタイトなドラミングの島村英二君も、同じく1982年の『SUGAR BOY BLUES』収録の「Audio-Video」での、テクノポップかと思わせるメカニカルでパワフルな山木秀夫君も、アン・ルイスさんの「六本木心中」での、まるでディスコサウンドのようなパターンでもヒューマンなノリを出してくれた青山純君も、みんな僕のこの当時のリズムに対する考え方を見事に生で具現してくれた素晴らしいドラマー達。あらためてもう一度ここで感謝だ。

そんな僕もついに、1983年の『STARDUST SYMPHONY '65 - '83』に収録された「パパラプ ドゥ・ピピラプ ドゥ」という曲でついに打ち込みサウンドに手を染める。

きっかけは、往年のミュージカル映画の主題歌みたいな曲を、リンドラムなどの最新の「打ち込み」音像で作ったらどうなるという思いつき。

ただ、この頃の僕は自分でシークエンサーを操ることができなかったので、これを専門にやってくれる「マニピュレーター」が必要だった。その打ち込みをしてくださったのが、YMO のもう一人のメンバーとも言ってよい存在の松武秀樹さんだったのだ。

今では、PCの大画面でグラフィックを見ながら誰もが簡易に入力できるけれど、この頃使っていたシークエンサーの小さな液晶面には数字しか現れてこない。音程も音符の長さもすべて数値で入力なのだ。

僕が譜面に書いてきたフレーズや、口で言ったフレーズを、数値に置き換えてとにかくすごく高速度で打ち込んでくれる松武さん。さすが日本の草分けのテクノ人。パチパチパチパチと打ち込む音がスタジオに響き渡るうちに、またたくまにサウンドができ上がってしまうのでした。

『STARDUST SYMPHONY '65 - '83』では、もう1曲「泣きやまないで、LOVE AGAIN」も、ギター以外の楽器をすべて松武さんの打ち込みで。これまた60s的なポップロックに80年代型のリメイクを施すことができた。とてもスリリングで新鮮な体験だったよ。

これが大きなきっかけとなって、続く『WINTER WONDER LAND』では、全曲を松武さんとの打ち込み作業でやってみようという気になったのでした。

2019.04.30
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カタリベ
1950年生まれ
伊藤銀次
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