初回プレスで売り切れが続出デジタルリマスター版「FOR YOU」
先だって発売されたデジタルリマスター版『FOR YOU』(
『山下達郎「FOR YOU」最新リマスター!アナログレコードとカセットテープで再発売』参照)。なんと初回プレス版は売り切れ続出で、慌てて追加プレスが決まったそうだ。ちなみに追加プレス分は7月上旬から随時発送されるとのこと。いやはや、改めて達郎人気を思い知らされたのは言うまでもない。
さて、ネットを検索すると、1982年にリリースされたオリジナル盤と最新リマスター盤を聴き比べたファンから、「僕はやっぱりオリジナル盤だな」とか「デジタルリマスター盤の聴きやすさが絶妙」など賛否両論のレビューが出始めている。
このザワつき加減… 音質や音圧などコアなこだわりを持つ達郎ファンの層の厚さを如実に表している。まぁ実際のところ何がどうなのかは自分の耳で確かめるしかないので、散見されるネット記事を鵜呑みにはせず、ぜひとも購入して聴いてみて欲しい。ちなみに1982年のオリジナル盤は、昨今のシティポップ人気によって中古価格が高騰しているので注意が必要だ。
シティポップの源流「RIDE ON TIME」を語る
6月7日は、1980年にリリースされた山下達郎『RIDE ON TIME』の最新リマスター&ヴァイナル・カッティング(180g重量盤)の発売日である。このアルバムは、伊藤広規と青山純という鉄壁のリズム隊を迎えて挑んだ最初の作品で、初期達郎バンドのサウンドが色濃く反映された名盤のリイシューである。
いまや “キング・オブ・シティポップ” と称される達郎も含め、当時まだ20代だった若者たちのサウンドは躍動感に溢れ、スタジオ盤ながら抑えきれない荒々しさなど聴きどころが多いのも特徴である。
シティポップの源流って言うと大げさだけど、いま世界が最も注目しているアルバムと言っても過言ではないだろう。
―― ということで、今回はアルバムからタイトル曲の「RIDE ON TIME」を抜きだして、個人的にグッとくるポイントを語ろうと思う。マニアックな私見で誠に恐縮なのだが「うんうん」と頷く読者が絶対にいると確信している。
では早速始めよう――
青山純の一打入魂! 度肝を抜くアレンジとドラムの存在感
イントロがなく歌とピアノだけのAメロ。いきなり「♪青い~」という空に突き抜けるような達郎の声が気持ち良い。その4拍目にいきなり飛びこんでくるドラムのフィルがフロアタム一発の「♪ドーン」。驚くほどシンプルで、なおかつドラムの存在感を絶大に知らしめるという奇跡のアレンジだ。これは青山純が掲げる “一打入魂” そのものと言える。
この単純明快なリズムアレンジは、繰り返しのところから2拍目にバスドラム、そしてベース、ブラスセクションとサビに向かって徐々に盛り上げていくのだが、伊藤広規と青山純のリズム隊を世間が''重戦車''と称する理由は、この重厚なアレンジにもあると思う。
そして楽曲はサビに突入する――
リズムチェンジによる緊張と高揚の展開。光るベースアレンジ
サビ冒頭、ハンマリングオンでリズムの頭を食うベースフレーズがたまらなく気持ちいい。そしてこの小節からハイハットの「チキチキ」がオーバーダビングされ、ベースの指弾きがスラップに切り替わる。楽曲にアグレッシブな緊張感を走らせる… そう、リズムは8ビートだがノリは16ビートというリズムチェンジなのだ。
何となく頭抜きのフレーズに聴こえるベースのリフだが、「♪パイドー・ドドドー・ドッパイ・ドードド…」(文字を音に変換すると変な感じだけどベース音と一緒に口ずさむとわかってもらえると思う。
「ドー」と音が伸びているところがドラムの1拍目と3拍目のアクセントの裏にハマり、それは1970年代のブラックコンテンポラリーを思わせる独特なノリを醸しだす。
この一連のリフがドラムに絡まる感じ… ベース弾きには堪らないだろう。めちゃくちゃ格好いい。
これは僕の勝手な想像だけど、この二人… 暇さえあればスタジオで「あーでもない、こうでもない」と音合わせと称して延々と遊んでいたらしいが、これはきっとその中から導きだされた珠玉のリズムパターンじゃないかな? と思っている。
テンションコードを多用したコードワークの美しさ
冒頭の「♪青い〜」だが、主旋律である「青い〜」の「い〜」の音はファ♯である。これはGメジャーのコードトーン(ソシレの三和音)に加える7番目の音… つまりテンションノートであり、これが聴く人に「なんだかお洒落」と不思議な浮遊感を感じさせる正体だ。いわゆる “大人のアレンジ” である。
そう、「RIDE ON TIME」で達郎が紡ぐメロディーは、ことごとく主旋律がテンションノートを狙う構成になっているのだ。
―― ちなみにサビの部分のコードワークはこうだ。
|Em7(9)|A9(13)|DM7(9)|Bm7(9.11)|Gå7|F#m7|G#m7
RIDE ON TIME さまよう想いなら
やさしく受けとめて
そっと包んで
この「♪包んで~」の部分で、F#m7からG#m7に転調させる抜群のセンス!そして「♪Oh〜」からの
|G9(13)|Dadd9/F#|F#m7/B|B7(♭9♭13)
という4連続ブレイクにあてがったコードの美しさに思わず唸ってしまう。
―― そして繰り返しのメロディー…
RIDE ON TIME 心に火を点けて
あふれる喜びに
拡がれRIDE ON TIME
この「拡がれ〜♪」からメロディーを終わりに向かわせるコードワークが、
|Em7(9)|A7(13)|D6|D6
である。最後のD6というコードに帰結させる遊び心たるや、超アダルトでクールなアレンジである。ちなみに難しいコードを次々と列挙したけど、わからない方はイメージで感じてほしい。
山下達郎のカッティングに被せるサイドギターの細かすぎる職人芸
さて、この美しいコードワークを掻き鳴らす達郎のカッティングだが、歌いながら “ちゃんと弾く” のは相当難しい。ギターに気を取られたり、歌に気を取られたり、これ、プロでも手を抜かずちゃんと演奏する人は、山下達郎とChar(竹中尚人)と根本要(スターダストレビュー)くらいだろう。
それはさておき、「RIDE ON TIME」のカッティングギターは「ワウ」というエフェクターが効果的に使われていて、チャカポコチャカポコという西海岸サウンドが心地よい響きである。先にあげた4連続ブレイクに被せる「♪チュクチューン」というギミックも格好いい。加えてサイドギター椎名和夫の小技がまた絶妙だ。集中して聴き耳を立てないとわからないが、単音カッティングが抜群のセンスなのも注目してほしい。
緻密に計算されたアレンジの数々は全てライブ演奏を意識したもの
とにかく楽曲全体を通して隙間がない。
まるでドラマの “台詞回し” とでも言おうか… よく聴くと、主旋律に呼応するコーラスも含め、フレーズの隙間ひとつひとつに各セクションの小技が聴き取れる。
これはレコーディングエンジニアである吉田保のマジックでもあるが、各ミュージシャンが主張し過ぎず、でも爪痕を残すみたいな、個々のフレーズが被らず重なった奇跡のバランス感覚でミックスダウンされている。
山下達郎のアレンジは、2本のギター、ピアノ、ベース、ドラム、ブラスセクション、そしてコーラスが絶妙に合わさり楽曲の厚みを作り出している。しかもスタジオで作り込まれたこの音を、アレンジし直すことなくライブでそのまま再現出来るのだ。
言うならば、この「RIDE ON TIME」はスタジオ版でありながら、限りなくライブ演奏なのである。
「RIDE ON TIME」リイシューの意義
1980年にmaxellカセットテープのタイアップでヒットした「RIDE ON TIME」だが、名曲は何度でもリバイバルする。
2002年にリイシューされた「RIDE ON TIME」は翌2003年、木村拓哉主演のドラマ『GOOD LUCK!!』のエンディングテーマになった。それ以外でも単発ながら使われることが多い。普遍性の高い達郎のサウンドは時を経ても新鮮に感じられるからだろう。
「懐かしい」と感じる世代もいれば「新しい」と感じる世代もいる。
最新の技術でリマスターされリイシューするのは、常に時代に沿った音作りに余念がない達郎の本懐だろう。まさにRe:minderの理念である「懐かしむより、超えていけ!」と同じである。
今回のリイシューでまた「RIDE ON TIME」がドラマやCMで使われるのではないかとワクワクが止まらない。
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2023.06.03