エレクトリックピアノのイントロが始まった時、東京ドームで波の様に拍手が湧き起こった。30年が経ったのにこの光景は未だ鮮明に胸に焼き付いている。その曲がライヴで歌われたのは実に9年振りのことであった。
1989年(平成元年)2月26日(日)、4人のオフコースの東京ドームでの解散コンサート『The Night with Us』。10曲目の「たそがれ」(85年)からは4人時代の曲が続いた。
「夏の別れ」(88年)、「IT’S ALL RIGHT(ANYTHING FOR YOU)」(87年)、「she’s so wonderful」(88年)、「君が、嘘を、ついた」(84年)、「ぜんまいじかけの嘘」(85年)、「Tiny Pretty Girl」(87年)。
この一連の曲は2月初旬まで行われていたオフコース最後のツアー『STILL a long way to go』でも歌われていたものだった。しかし続く17曲めは解散コンサートらしい選曲に戻る。
「YES-YES-YES」。1982年、5人のオフコースの最後のシングルとなった曲。実は5人の時にはライヴで歌われたことは無く、85年の4人の初ツアーで初お目見え。その後のツアーでも歌われることは無く、これが4年振りであった。
後半、合唱も起こっていた様に記憶する。解散コンサートの空気はいやが応にも再び高まった。そこにシンセサイザーの低い音が響き、お馴染みのエレピのイントロが鳴った時、本当に波の如く拍手が湧き起こった。「小田さーん」という黄色い歓声も多く上がった。
その曲は「生まれ来る子供たちのために」であった。1979年のアルバム『Three and Two』からの曲であり、39年前の今日1980年3月5日にはシングルカットもされている。しかし以降この日まで9年もの間、この曲は歌われていなかった。観客からの静かな、しかしとても熱い反応も当然のことであった。
何故9年も歌われなかったのだろう。この曲がシングルカットされた経緯を見ればその謎を解く鍵となるかもしれない。
オフコースが5人になっての最初のアルバム『Three and Two』は1979年10月20日にリリースされた。そしてこれに続き12月1日にリリースされたのが新曲「さよなら」であった。ご存知の通りこのシングルは大ヒット。オフコースは遂に大ブレイクを果たす。しかしここでオフコースというか小田和正は大きな決断を下す。「さよなら」の次に、既発である「生まれ来る子供たちのために」のシングルカットに踏み切ったのだ。
大ヒット曲の次の曲としてはあり得ない展開。しかし小田は大ヒットの後だから多くの人に聞いて貰えるだろうとあえてこの曲をシングルカットした。結果はオリコン最高48位。6月21日リリースの次のシングル「Yes-No」を再び大ヒットさせオフコースはいよいよメジャーの地位を固めるのだが、その間に挟まれ「生まれ来る子供たちのために」はチャート的には地味な結果を出すに留まった。
小田自身も2016年にこの経緯について、「多分、バンド内でもコンセンサスは取れていなかったと思うんだ」「メンバーは当時、どう思っていたのかな? ヤス(鈴木康博)はどう思っていたのかな。他の3人はオフコースに入ったばかりだったから、何だかんだ言わず黙っていたんだろうね」と述懐し、自らの独断によるシングルカットであったことを認めている。
これはあくまで僕の推測だが、この経緯こそが、9年もの間小田にこの曲を歌わせることをためらわせたのではないだろうか。そしてソロになった小田がこの曲を再び歌うまでにも、実に14年の年月を要することになる。
9年振りのこの曲は間奏等を省いたショートヴァージョンであった。しかしながら「言葉にできない」と並び、この夜の忘れ難き場面となったことは間違いない。この曲でコンサート本編は終わった。9年前と同じだった。
アンコールはまず「Yes-No」(80年)。その後ダブルアンコールで「眠れぬ夜」(75年)、「愛を止めないで」(79年)が歌われた。この3曲は直前のツアーでもセットリストに入っていた曲ではあった。
そして最後の曲は「いつもいつも」。『Three and Two』で「生まれ来る子供たちのために」の後にアカペラのライヴヴァージョンがシークレットトラックで入っていて、もともとは78年の『FAIRWAY』にやはりシークレットトラックで収められていた曲。ライヴで歌われるのは2年振り。4人のアカペラでオフコースは20年の歴史に幕を閉じた。
直前のツアーでは時々歌われていた「さよなら」がこの日歌われなかったことに触れないわけにはいくまい。更に言えば、やはり直前のツアーで歌われていた「NEXTのテーマ -僕らがいた-」も歌われなかった。結果的に本編とアンコールの最後の曲がいずれも『Three and Two』からの曲になったのも単なる偶然ではなかっただろう。
様々な想いが込められていたであろう『The Night with Us』。映像も収録されたのだが未だ陽の目を見ていない。
このまま歴史に埋もれさせてしまうのはあまりに惜しいと、
30周年の今年、2回に分けて書かせて頂きました。
2019.03.05