シカゴの「素直になれなくて(原題:Hard to Say I'm Sorry)」が全米1位になったのは、1982年秋のことだった。僕は中学1年で、ラジオから流れてきた美しいメロディーと見事なヴォーカルワークに、たちまち魅了された。まったく隙のない完璧な曲で、友人が「すごい大物バンドらしいぞ」と教えてくれた時は、「そうだろうなぁ」と妙に納得したのを覚えている。
次にシカゴの名前を聞いたのは、中学3年のときで、季節はまたしても秋だった。「忘れ得ぬ君に(原題:Hard Habit to Break)」の切ないメロディーが、僕の胸を高鳴らせた。「素直になれなくて」に勝るとも劣らない完成度を誇るこのナンバーは、彼らのニューアルバム『シカゴ17』からのセカンドシングルとして7月にカットされ、じわじわと順位を上げているところだった。絶対に1位になると思ったのだが、結果は1984年10月20日付の3位が最高だった(2週連続)。
でも、本当にいい曲だったから「順位なんて関係ないよ」と思っていた。すると、次のシングル「君こそすべて(原題:You're the Inspiration)」がもっといい曲だったので、「これはいよいよ大変なことになってきたぞ」と感じたのだった。「君はインスピレーション。僕の人生にフィーリングを運び込んでくれる」という歌詞が特によかった。この曲も全米3位を記録している。
こうして、僕が『シカゴ17』を聴いたのは、アルバム発売から約1年後、ようやく受験が終わり、高校生になってからだった。オープニングの「ステイ・ザ・ナイト」はファーストシングルだったこともあり知ってはいたが、改めて聴くとびっくりするくらいかっこよかった。ちょっと前にヒットしていた「いかした彼女(原題:Along Comes a Woman)」も含め、シングルになった4曲の出来が突出している印象はあったものの、他の曲もそれぞれに魅力的だった。友人達の評価も上々で、僕らの間で『シカゴ17』は「捨て曲のない名盤」として認識されていたように思う。実際、このアルバムはベストセラーを記録。600万枚以上を売り上げ、バンド最大のヒット作となった。
同時に、かつてのシカゴがどんなバンドだったのかを、僕らもぼんやりと知るようになっていた。ホーンセクションを全面に押し出したサウンドは、ブラスロックと呼ばれ一世を風靡。曲の中で政治的な意志を表明することも珍しくなく、1970年前後の激動の時代を象徴するバンドのひとつだったという。僕もその当時のヒット曲「長い夜(原題:25 or 6 to 4)」を聴いたときは、あまりのかっこよさに身震いがした。
ただ、それは僕が知っているシカゴとは、まったく別のバンドのように思えた。流麗なバラードを感動的に歌い上げる今のバンドの姿は、尖鋭的というよりは普遍的で、その音楽は実に中庸だった。もちろん政治色も皆無である。このギャップが僕を戸惑わせたのも事実だった。
でも、それも昔の話だ。今となっては、どちらのシカゴもシカゴらしいと思う。バンドはメンバーチェンジを繰り返しながらも、解散することなく現役バンドとして活動を続けている。今では「長い夜」と「素直になれなくて」が同じ夜に演奏されることを、怪訝に思うファンはいないだろう。2019年4月28日、バンドはデビュー50周年を迎えた。それだけの時間を、彼らは生きてきたのだから
2019.06.18
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