ラフ・トレード、ミュート、チェリーレッド、ファクトリー、クリエイションといったUKインディーズレーベルが隆盛を極めた80年代。そんな中、ひときわ異彩を放っていた私もお気に入りのレーベルが、以前
コチラ でも紹介したコクトー・ツインズを擁する4AD。
コクトー・ツインズの他にはバウハウス(初期)、モダン・イングリッシュ、オーストラリアのデッド・カン・ダンス、ザ・バースデイ・パーティ(ニック・ケイヴが在籍)、ドイツのXマル・ドイッチェランド、USのピクシーズ、スローイング・ミュージスなどをリリースする国際色豊かなレーベルです。
このレーベルの特色はこういったところも関係してきますが、ジャンルに囚われない、けれども一貫した強い独自性のあるミュージシャンをリリースしていくというカラーがありました。加えて23エンベロップというデザインチームを結成し、芸術性溢れるアートワークをジャケットやポスターに施し、独特の世界観を演出することにも成功しました。
さらには所属アーティストを複数参加させてディス・モータル・コイルという企画グループを結成、レーベルを象徴する作品をリリースし好評を得ました。
そんな画期的なインディーズレーベル4ADから、とどめを刺されるようなリリースが86年にありました。ブルガリアン・ヴォイス『神秘の声(Le Mystère des Voix Bulgares)』です。
これはスイスの音楽プロデューサー、マルセル・セリエが15年かけて集めたブルガリアの民族音楽。バウハウスのピーター・マーフィーからの薦めがあって4ADの創設者であるアイヴォ・ワッツ=ラッセルがリリースを即決したそうです。
アフリカやアジアを中心にワールドミュージックというものが徐々に注目を集め始めていた80年代後半に現れたこの作品には衝撃を受けましたね。ブルガリアは89年まで共産党政権だったため(ソ連の衛星国家)、こういった文化が世界的に紹介される機会はまだ少なかったという背景があります。
年齢不詳の女声コーラスが放つ今まで聴いたことのないようなメロディー。協和音ではなく不協和音を中心に組み立てられるこのコーラスが一聴すると心地悪そうなのに聴いていくうちに心地よく感じられていく。そして喉の奥から出しているような力強い独特の発声法。曲もバラエティーに富んでいて1曲ごとに違う情景が浮かびます。
神秘的で、ダークで、哀しげで、力強く、そして美しい。4ADの作品群を評する時によく使用される「耽美」という言葉がこの作品にも当てはまります。これまで体験したことがない感動の36分です。
今久しぶりに聴いてみても全く色褪せない、時代を超越した新鮮な響き。これを4ADらしい美麗アートワークでしれっとリリースしてしまうレーベル主催者アイヴォ・ワッツ。流石です。4ADからはパート2もリリースされました。
このリリースは日本でも話題になり、数多くのCMや番組のBGM、コレクションやブティックの店内音楽など各所で使用されました。あっという間のブームだったのでこういった経緯のリリースで世に広められたのは意外に知られてないかもしれません。
ちなみにブルガリアン・ヴォイスというのはマルセル・セリエが登録商標しているようなので現地の由緒あるコーラス隊でも簡単にそれを名乗れないようです。しかしながらブルガリアのこの伝統的な歌唱は不変なので機会があったら生で触れてみたいですね。
2018.04.02