みなさんが1週間の中で一番好きな時間帯は、いつだろうか?「土曜の朝」と答える人も多いのではないかな。私が広告代理店で働いていた1992年ごろ、メディア接触に関連して時間帯ごとの人々の心理を調査をしたのだが、「土曜の深夜」と「土曜の朝」が人気のツートップだった。 ずっとこの時間が続けばいいのに、と誰もが思う土曜の朝。そんな週末の始まりを告げるのが『渡辺篤史の建もの探訪』(テレビ朝日系)である。私は『ぶらり途中下車の旅』とともに、“土曜朝の二大紀行番組” と勝手に呼んでいる。 番組は昭和から平成に変わった1989年にスタート。元々は桜前線の北上とともに公共の名建築を訪ね歩く企画だった。当時は民放テレビで建築をメインに扱う例など無く、1クールのみの予定で試験的に始まったのである。第5回目に、たまたま渡辺のアイデアで一般住宅を紹介したのが好評で、それをきっかけに2クール目以降は個人の邸宅を紹介する内容になった。驚くなかれ、初期はしばしば10%を越え、テレビ朝日の土曜の全番組中、『土曜ワイド劇場』に続いて第2位(14.5%)の視聴率をあげたこともある。 渡辺のトークは「究極のヨイショ芸」などと揶揄されるが、どっこい、そんな簡単な話ではない。ロケは一発勝負で収録前に建主と顔合わせは一切しない。カメラの回った瞬間が、探訪先の家族との初対面シーンなのだ。 それなのに渡辺は、彼らがほめられたい箇所・設計の意図・建築素材などの細かいこだわりを、瞬時にズバズバ言い当てる。「ほぉーっ」「気持ちイイねぇ〜」「こいつはありがたい!」など番組ファンおなじみのセリフを口にし、リビングの椅子に座って住人以上にくつろぐ姿を見せ、時には浴室で空のバスタブに入ってみせる。 「そもそもが、テレビでアートをみせるのは無理筋なんだよなぁ」NHKで何十年と美術番組をやっている先輩の言である。ハイビジョン、4K、8K… どれだけ進化しても、しょせん2次元。ならば、テレビにできることは何なのか? それに対する一つの答えを、この番組が示している気がする。カメラに映らない空気感、手触り… といった「空想の余白」を、アドリブで言葉たくみに埋めていく。これぞ、渡辺篤史にしかできない職人芸(あと、できるとしたら、村西とおるだろう!)。 平成元年4月1日の第一回オンエアから四半世紀、ずっと番組のオープニングを飾ってきた曲が、小田和正「BETWEEN THE WORD & THE HEART – 言葉と心 –」である。小田が東北大学・早稲田大学大学院で建築を専攻していたのは広く知られた話だ。なんと修士論文タイトルは「建築への訣別」。そんな男の曲が、幾星霜を経て、番組のテーマに選ばれたのも運命だろう。 ベタな渡辺の語りとさわやかな小田の歌声が絶妙にマッチ。あるいは渡辺の話芸を、透明感ある小田のサウンドがいっそう引き立たせているというべきか。 この番組の白眉は、ラスト1分、「きょうの探訪をふり返って」の渡辺の一人語りである。毎回1カット・ノー編集でピタリと尺に合わせる技は、まさに名人芸。そのBGMは再び「BETWEEN THE WORD & THE HEART」。 映像では伝えきれない空間情報を、言葉で埋める渡辺。言葉と心の間を音楽で埋める小田。同い年の二人の男によって、この番組独特の世界観が築かれているのだ。
2017.11.25
VIDEO
YouTube / nos 00
VIDEO
YouTube / Cooking Easy
VIDEO
YouTube / 小國智