1973年 9月20日

日本のポップスとともに歩み続ける【PANAMレーベル】55年の輝かしい軌跡とその現在地

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南こうせつとかぐや姫のシングル「神田川」発売日
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創立55周年を迎えたPANAMレーベル


1970年に発足した日本クラウンのPANAMレーベル。歌謡曲が中心だった時代に、フォークやニューミュージックなど、新しい感性の音楽を世に送り出してきた。日本の音楽史に大きな足跡を残したこのレーベルは、2025年に創立55周年を迎えている。

PANAMの前身は1967年、クラウンのPW盤と呼ばれる新設のレコード品番に由来がある。品番がPWで始まる同社のシングルレコードは、従来の歌謡曲や演歌とは異なる、新しい時代のポップスとして流通されていた。ちょうどグループサウンズ(GS)が頭角を現した時代である。1970年にはPANAMのレーベル名がつけられ、クラウンの歌謡曲以外の新しい音楽がここから発売された。シングル盤の品番はそのままPWを引き継ぎ、ここにPANAMの歴史は始まったのである。

第1号作品は、1970年3月1日に発売された京都のフォークトリオ、メチャ&ベチャの「女の子」。この翌月には南こうせつ(名義は南高節)のデビューシングル「最後の世界」が発売され、10月には、“南高節とかぐや姫” としてもデビューしている。他にも、フォークシンガーの金森幸介が在籍していたユニット、小さなオルフェ「みずいろのポエム」、ポポ「昼顔」、ソルト&ペパーズ「捨てられた母の唄」など、新進のフォークシンガーやグループの作品がリリースされている。

初期PANAMの3大ヒット、神田川、22歳の別れ、なごり雪


PANAMを大きく成功に導いたのはかぐや姫だ。1971年、新たなメンバーに山田パンダと伊勢正三を迎え、“南こうせつとかぐや姫” として再デビュー。1973年に「神田川」の特大ヒットを飛ばす。かぐや姫は叙情的でノスタルジックなメロディーと、当時の若者の生活感を投影した作風で、大学生層を中心に絶大な人気を誇った。



かぐや姫は1975年4月に解散するが、南こうせつと山田パンダはソロ活動に入り、伊勢正三は、バンド “猫” を脱退したばかりの大久保一久とフォークデュオ “風” を結成する。3者ともそのままPANAMに在籍し、南こうせつはシングル5枚、アルバム4枚を発表。山田パンダはシングル5枚、アルバム2枚を発表したのち “パンダフルハウス” を結成。同レーベルでシングル2枚とアルバム1枚を発表した。風はかぐや姫の解散直前に出したファーストシングル「22才の別れ」がオリコンチャート1位を獲得する大ヒットとなる。1976年以降は、サウンド指向の楽曲が増え、1977年のロサンゼルス録音アルバム『海風』で、フュージョンを取り入れたシティポップ寄りの音作りに挑んだ。



1974年2月には、イルカが「あの頃のぼくは」でソロデビュー。1975年11月には、かぐや姫のアルバム『三階建の詩』に収録されていた「なごり雪」をカバーし、大ヒットを記録する。こうして「神田川」「22才の別れ」「なごり雪」と、日本のフォーク史に残る名作が世に放たれ、PANAMの存在感は大きく高まった。



日本のロック史に燦然と輝く名盤を続々と輩出


一方、日本のロック、ポップスの歴史に残る名盤も数多く世に送り出している。細野晴臣、鈴木茂、林立夫、松任谷正隆で組まれたキャラメル・ママが、1974年にティン・パン・アレーと名前を変え、PANAMの所属となった。彼らは同レーベルから『キャラメル・ママ』『TIN PAN ALLEY 2』と2枚のアルバムを発表している。



同時にメンバーのソロ作品もPANAMからリリースされた。鈴木茂は1975年3月にファーストソロアルバム『BAND WAGON』を発表。単身渡米し、ロサンゼルスで現地ミュージシャンを起用し作り上げた、日本のロック史に燦然と輝く名盤である。その後もトロピカルサウンドにアプローチしたハワイ録音の『LAGOON』、ポップセンス溢れる『Caution!』など5枚のアルバムをPANAMで発表している。



細野晴臣も1975年に『トロピカル・ダンディー』、1976年に『泰安洋行』という重要なアルバムをPANAMから発表している。前者は、ソイ・ソース(醤油)ミュージックと名付け、ニューオーリンズ・サウンドをベースに作られた後者は、チャンキー・ミュージックと呼ばれている。初期のYMOへと連なるエキゾチックな無国籍音楽はこの2作に顕著に源流がみられる。





松任谷正隆は1977年に『夜の旅人』を、林立夫は1979年に『SUPER PERCUSSION VOL.1』と、キャリアのなかで唯一のソロアルバムを発表。また、ティン・パン・アレーが南こうせつの『かえり道』に参加し、イルカ「なごり雪」のシングルバージョンのアレンジを松任谷正隆が手がけるなど、レーベルメイト同士のセッションも積極的になった。





1976年9月には、シュガー・ベイブを解散しソロに転じた大貫妙子が、ファーストアルバム『Gray Skies』を発表。2作目の『SUNSHOWER』は坂本龍一、大村憲司、クリス・パーカーらの演奏陣によるクロスオーバーサウンドで、近年のシティポップブーム最初期に注目され、現在では世界的な人気を獲得している。ムーンライダーズも1977年にPANAMに移籍、通算5枚のアルバムを発表しており、特にニューウェイヴに大きく影響を受けた1980年の『カメラ=万年筆』は名盤の誉高い。





リメイクカバー企画「PANAM 55/100 SUPER SONG COVERS」もスタート


さらに、とみたゆうこ、沢田聖子といった女性シンガーソングライターを輩出。意外なアーティストでは、俳優・古谷一行がいる。古谷は1977年にテレビドラマで金田一耕助を演じて大人気となった時期で、1979年の3作目『遊歩道』は全編シティポップサウンドのアルバムで、同年発表のライブアルバム『LIVE LOVE IKKO』ではムーンライダーズをバックに迎えるなど、ポップシンガーとして良質な作品を同レーベルに残した。

1980年代の後半からは、クラウンのポップス系作品全体にPANAMの冠が記されるようになったが、1999年のかぐや姫復活を機に、良質なフォーク、ニューミュージック系作品を制作していくレーベルという立ち位置が再び明確になっていく。そして、55周年を迎えた2025年には、同レーベルに残された珠玉の名曲をリメイクカバーする企画『PANAM 55/100 SUPER SONG COVERS』がスタート。総合プロデューサーに佐橋佳幸を迎え、継続したリリースが続いている。



もちろん、過去のアーカイブ発掘にも積極的に取り組んでおり、シングル未CD化楽曲を中心とした配信企画『PANAM Archives 55th Anniversary』をはじめ、本稿で紹介した作品のほとんどが配信されている。日本の音楽史を彩ったPANAMの名曲の数々、ぜひこの特集を機に聴いていただきたい。

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2026.02.20
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