連載【教養としてのポップミュージック】vol.21 / 映画からヒット曲が生まれていた時代!巨大化する映画産業と音楽ビジネス(1990年代編)
さて、映画発のヒット曲ってどんなのがあった? を追求するこの企画も、いよいよ最終回。第1回は1970年代以前の5作品、第2回は1980年代の6作品を紹介したが、今回は1990年代以降について見ていきたい。
市場の拡大とコンテンツの多様化 1990年代に入って世界は大きく変わった。東西冷戦の終結、新興国の出現、WTO(世界貿易機関)によるルールの統一化、インターネットの登場…… などを背景に、今日的な意味でのグローバリゼーション(地球化)が始まったからだ。そして当然のことながら、このパラダイムシフトの影響はエンターテインメント業界にも及んでいる。
一番大きな変化は、コンテンツが容易に国境を越えるようになったことだ。例えば、ハリウッド映画は世界同時展開が可能になり、大型化・シリーズ化に拍車がかかった。地球全体がターゲット市場となったことで、主役級に非白人俳優がキャスティングされる作品も確実に増えている。
こうした変化はポップミュージックの世界においても同様で、CDバブルが訪れ、大規模マーケティングでミリオンヒットが連発するなど、まさにこの世の春が訪れた。また、1980年代に始まった “映像と音楽とダンスの融合” が進む中、市場の主役がロックからR&B / ヒップホップに移り始めたのもこの時代だろう。
このように、市場の拡大とコンテンツの多様化が格段に進んだエンターテインメント業界だが、今から紹介する映画・楽曲5作品を通じて、皆さんにそのことをより実感して頂けるのではないかと思う。
【第5位】『バットマン フォーエヴァー』(1995年)より、シール 「キッス・フロム・ア・ローズ」 ブラジル人の父親とナイジェリア人の母親の間にロンドンで生まれたソウルシンガー、シール最大の大ヒット曲。1995年8月26日付全米シングルチャートで1位を獲得。この曲でグラミーの最優秀レコード賞、最優秀楽曲賞、最優秀男性ポップ・ヴォーカル・パフォーマンス賞の3部門を獲得した。意外なことに、プロデューサーのトレヴァー・ホーンにとっても初のグラミー受賞であった。
本作は、アメリカンコミックス(通称:アメコミ)の大手DCコミックスが生んだダークヒーロー『バットマン』の映画版シリーズ第3弾だが、前2作からスタッフ、キャスト、コスチュームが一新され、ド派手なアクション路線になった。主役のヴァル・キルマーに加え、ジム・キャリー、トミー・リー・ジョーンズ、ニコール・キッドマンといった俳優陣もやたらと豪華だ。
VIDEO 【第4位】『ロビン・フッド』(1991年)より、ブライアン・アダムス 「アイ・ドゥ・イット・フォー・ユー」((Everything I Do)I Do It for You) カナダ人シンガー・ソングライターの中で、世界で最も高い評価を受けている1人。この作品は彼の代表的なバラード曲で、全米シングルチャートで1991年7月27日から7週連続1位、全英では何と7月13日から16週連続1位の記録を打ち立てた。
この映画は、中世イングランドの伝説的英雄ロビン・フッドを描いたドラマで、これまでに何度となく映像化されている王道中の王道だ。スペクタクルなアクション満載の痛快作に仕上がっている本作では、ケビン・コスナーがヒーローを颯爽と演じているが、アカデミー賞授賞式前日に行われる最低映画の祭典ゴールデンラズベリー賞(通称:ラジー賞)で、彼は最悪主演男優賞に選ばれた。
VIDEO 【第3位】『ボディガード』(1992年)より、ホイットニー・ヒューストン 「オールウェイズ・ラヴ・ユー」(I Will Always Love You) カントリーのシンガーとして数々のヒット曲を持つドリー・パートンが、1974年にリリースした楽曲のカバー。全米シングルチャートで1992年11月28日から14週連続1位を記録。グラミーの最優秀レコード賞と最優秀女性ポップ・ヴォーカル・パフォーマンス賞を獲得した。
映画は、敏腕ボディガードのフランク(ケビン・コスナー)と、彼に護衛を依頼したトップスターのレイチェル(ホイットニー・ヒューストン)の恋を描いたサスペンスだが、劇中ではホイットニーのパフォーマンスもたっぷりと収録された。元々は1970年代にスティーブ・マックイーンとダイアナ・ロスの主演で企画されていたが、黒人と白人のロマンスを本格的に描けるようになるまでに15年を要したと言われている。
VIDEO 【第2位】『タイタニック』(1997年)より、セリーヌ・ディオン 「マイ・ハート・ウィル・ゴー・オン」 ケベック(カナダのフランス語圏の州)出身の彼女は、1981年にフランス語アルバムでデビューした後、1990年に英語曲で再デビューを果たすとヒットを連発、パワーバラードの女王と呼ばれた。この曲は全米シングルチャートで1998年2月28日付初登場1位、グラミーでは最優秀レコード賞や最優秀楽曲賞など軒並み獲得した。
映画では、20世紀最大の海難事故となった豪華客船タイタニック号の悲劇を題材に、貧しい画家志望の青年ジャック(レオナルド・ディカプリオ)と人生に絶望している上流階級の娘ローズ(ケイト・ウィンスレット)のラブストーリーが描かれている。総製作費2億ドルという巨費を投じ、ほぼ原寸大の模型を製作して撮影に臨んだスペクタクル超大作で、アカデミー全11部門を受賞するなど、映画史に残るヒットとなった。
VIDEO 【第1位】2002年公開の映画『8マイル』(2002年)より、エミネム 「ルーズ・ユアセルフ」 後に米国大統領に就任するバラク・オバマのお気に入りとしても知られるこの曲は、エミネムの半自伝的映画のエンディングに流され、ヒップホップの楽曲として初めてアカデミー主題歌賞を受賞した。全米シングルチャートで2002年11月9日から12週連続1位を記録、グラミーで最優秀ラップ楽曲賞と最優秀ラップ・ソロ・パフォーマンス賞の2冠に輝いた。
“8マイル” とはデトロイトに実在する道路の名前で、富裕層と貧困層、白人と黒人のコミュニティを分ける境界線でもある。街の貧困地区で暮らす白人青年ジミー(エミネム)が、黒人の牙城であるヒップホップの世界でラッパーとしての成功を目指す物語で、全世界にラップ / フリースタイルのブームを巻き起こしたヒップホップ映画の金字塔だ。
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映画主題歌がポップミュージック市場を支配した最後の時代 さて、ここまで見てきて解るように、1990年代は映画主題歌の黄金時代であった。だが、言い換えると映画主題歌がポップミュージック市場を支配した最後の時代でもあった。なぜならば、2000年代に入って映画発のヒット曲が如実に減っていったからだ。では、その理由は何だろうか?
まず、考えられるのは、音楽の発見経路の変化である。20世紀後半、映画、MTV、ラジオ、音楽レーベルは互いに強く連携しており、それらがヒット曲を生む主要チャネルだった。そして、こうした構造の中で、映画はポップミュージックの中心的な販促ツールとして有効に機能していた。
ところが、21世紀に入ると、iTunesなどのダウンロード、Spotifyなどのストリーミング、YouTubeやTikTokなどのソーシャルメディアが次々と現れ、瞬く間にヒット創出の中心になってしまう。その結果、かつての《映画を見る → 主題歌を知る》という流れが、ポップミュージック市場の黄金ルートではなくなってしまった。すると、映画業界が主題歌で集客する必要性も、音楽業界が映画に乗っかってヒットを作る必要性も薄まっていく。映画のサウンドトラックが流行らなくなったのも、こうした変化のひとつといえる。かつてサウンドトラックアルバムは、それ自体が巨大市場だった。だが、最近では、そもそも音楽をアルバム単位で聴くことが少なくなってしまったのだから、廃れても仕方ない。
このように見てくると、21世紀になっても『アナと雪の女王』(Frozen)の「レット・イット・ゴー」や『ミラベルと魔法だらけの家』(Encanto)の「秘密のブルーノ」(We Don't Talk About Bruno)といった映画発のヒット曲を生み出しているディズニーが、いかに凄いかが分かってくる。ただ、これは映画、音楽、ミュージカル、テーマパーク、配信を一体運営しているが故に実現できることであり、あくまで例外と言わざるを得ないだろう。
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2026.06.20