ドリーム・アカデミーの「ライフ・イン・ア・ノーザン・タウン」は、イギリス北部にある町の情景を描いた名曲だ。冷たい風の音に、澄んだアコースティックギターとストリングスの音色が重なったとき、歌は始まる。
特に何かについて歌っているわけではない。ただ日常生活の出来事や、心に浮かんでは消えていく感情を淡々と綴ることで、寒い町での暮らしならではの温もりが伝わってくるのが素晴らしい。
この曲には2種類のプロモーションビデオが存在する。僕が好きなのは最初の方のヴァージョンだ。ヘブデンブリッジという町で撮影されたその映像には、古いフィルム映画のような質感がある。
風船をもった子供達が丘の斜面を下り、鼓笛隊がそれにつづく。ヴォーカルのニック・レアード・クロウズが、石畳の道を歩いていく。雪がちらつきそうな寒い日なのに洗濯物が干してあるのは、それだけ晴れる日が少ないからだろう。
歌詞の中に登場するフランク・シナトラ、ジョン・F・ケネディ、ザ・ビートルズ。この町にも時代の波が押し寄せたことを偲ばせる。
特に秀逸なのは、深いエコーがかかったティンパニーを合図に歌われるサビのコーラスだろうか。
ア ヘイ マ マ マム ドゥーディンナイヤ
ア ヘイ マ マ マ ヘーエイヤー
おそらく意味らしい意味はないのだろう。それがかえって祝祭的に感じられるところがいい。まるでいにしえの言葉のように、小さな町のささやかな暮らしを祝福しているかのようだ。
ビデオのラストで、ニックはふたりのメンバーと鼓笛隊が待つ場所へと辿り着く。サビのコーラスが繰り返し歌われ、曲はまさにクライマックスを迎える。そして、高揚感と切なさをないまぜにしたまま、歌は町の風景の中に溶け込み、一体化し、消えてゆくのだ。
「ライフ・イン・ア・ノーザン・タウン」を聴くと、寒い地方で暮らす人々の生活が静かに立ちのぼってくる。石畳の道。古い家並み。鉛色の空。冷たい風。それらはずっと昔からそこにあり、今も変わらずに存在しているように思えるのだ。
その後、ドリーム・アカデミーはこの曲を超えるヒットを出すことはなかった。けれど、その音楽性は当時から高く評価されていた。ポール・サイモンは彼らの才能に注目し、デビュー前に直接曲作りのアドバイスをしている。また、この曲を収録したデビューアルバム『ザ・ドリーム・アカデミー』には、デイヴ・ギルモアが共同プロデューサーとして名を連ねている。言われてみれば、叙情的なエコー処理はどこか初期のピンク・フロイドを彷佛とさせるものだ。
冷たい風が吹き、そこに澄んだアコースティックギターとストリングスの音色が重なったとき、この歌は始まる。郷愁のメロディーが僕を見知らぬ場所へと誘い出す。でも、次第に何かが心の風景と重なり始める。ひょっとすると、僕は以前にもここへ来たことがあるのではないか?
ティンパニーが鳴らされ、祝祭的なコーラスが聴こえてくるたび、僕はそんな気持ちになるのだ。
2018.01.06
YouTube / higmadon
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