現代最強のヘヴィメタルバンド、アイアン・メイデンの総帥、スティーヴ・ハリスが2019年3月12日に63才のバースデーを迎えた。今年は『レガシー・オブ・ザ・ビースト』ツアーで世界を駆け巡る本家メイデンに加えて、近年は自身のソロバンド、ブリティッシュ・ライオンでも精力的に活動するなど、メタル界随一の人気と実力を誇るベーシストにはいささかの衰えもない。 そんなスティーヴ率いるアイアン・メイデン史上最大のピンチが、81年に起こったヴォーカリスト、ポール・ディアノの脱退劇だ。実質的には解雇だったという理由はともかく、破竹の勢いでスターダムを駆け上がっていく真っ只中の出来事だっただけにシーンに衝撃が走った。 僕自身にとってもポール在籍時のアイアン・メイデンはヘヴィメタルの沼に深くハマるきっかけになった存在だっただけに、脱退を知った時は大きなショックを受けた。メタル系らしからぬ短髪にパンキッシュな風貌で、言葉を吐き捨てるように荒々しく歌うポール・ディアノの斬新なヴォーカルスタイルは、初期アイアン・メイデンの疾走感溢れる独特のサウンドにベストマッチしていた。そして従来のオールドスクールな HM/HR とは一線を画す NWOBHM の勢いを象徴するアイコンのひとつがポールだった。 程なくして発表された後任はサムソンのヴォーカリスト、ブルース・ブルースことブルース・ディッキンソン。スティーヴは以前から目をつけていたブルースにオファーしたのだと言う。ブルースの歌唱はサムソンの音源で既知だったが、ポールとは真逆のハイトーンで歌い上げるスタイル、たとえ上手くともメイデンに合うのか? という危惧は否めなかった。金髪のロングヘアーとワイルドな風貌もステレオタイプのメタル系に映った。 かくして届いた82年の3作目『魔力の刻印(The Number Of The Beast)』を聴いて、その予感は的中してしまう。確かにバキバキとスティーヴが奏でる特徴的なベースをはじめ、従来通りのメイデンらしいサウンドは健在だったが、個性的なポールの歌声を聴き慣れた耳には、ヴォーカルパートに違和感を抱かざるを得なかった。今や名盤扱いされているが、当初の受け止め方は少々違っていたように思う。 しかし、声域と表現力豊かな “歌える” 新ヴォーカルを得たことで、結果的にアイアン・メイデンはより幅広いファン層を獲得するに至り、アルバムは初の全英1位を獲得。全米でも好セールスを記録し、彼らは巨大なマーケットへの足がかりを着実に築いていった。 次作『頭脳改革(Piece Of Mind)』(83年)でさらなる勝負に出たが、初期の攻撃性が薄れたキャッチーな「イカルスの飛翔(Flight Of Icarus)」の PV を観て僕は失望し、お気に入りのドラマーだったクライヴ・バーの脱退やお世辞にもクールとは言えないスキンヘッドのエディ(バンドのキャラクターであるエディ・ザ・ヘッド)のフロントカバー等も相まって、次第に彼らへの思いが薄れていった。 余談だが、僕は中1の美術の課題で、デビュー時の金髪のエディをこっそりパクったお面を創って先生から褒められたことがあり、とりわけ初期のエディの姿に愛着があったのかもしれない。 そんな彼らに対する僕の迷いとは裏腹に、結果的にはこの作品でも英米で十分な成功を収め、ブルースが秘めた高いポテンシャルを武器にメイデンは世界的なヘヴィメタルバンドへと成長を遂げていく。まさにスティーヴの狙い通りであった。 バンドのラインナップもすっかり固まった5作目『パワースレイヴ』では、これまでで最も攻撃性の高い疾走チューン「撃墜王の孤独(Aces High)」をはじめ、13分以上に及ぶ楽曲を収録するなど、スティーヴはポール在籍時に成し得なかった自らが描くアイデアを次々と具現化した。 その後、ブルースは90年代に一時期脱退するなど紆余曲折を経つつも、今ではスティーヴと並ぶメイデンの顏と言える存在になった。唯一無二のフロントマンとしては勿論、バンドのプライベートジェット “エド・フォース・ワン” のパイロットまで務める多才ぶりで、八面六臂の活躍を続けている。 一方のポールは脱退後に幾つかのバンドで活動するも鳴かず飛ばず。明暗を分けた形になってしまった。正直言うと、未だに僕にとってのアイアン・メイデンのフェイバリットアルバムはポール在籍時の『キラーズ』だ。勿論、失望していたブルース加入後の作品も今となってはすっかり愛聴盤になっているけど、最も多感な頃に初期衝動で聴き始めたのがポール在籍時のアルバムだったので、思い入れの違いは大きい。 そんなポール・ディアノ推しの僕でさえも、あのままポールがメインヴォーカルを続けていれば、アイアン・メイデンが現在の地位にまで上り詰めることは恐らく難しかったであろうことは、今思えば十分に理解できる。 常に自分たちの音楽にとって何がベストなのかを俯瞰的に判断できるチカラ。ピンチを大成功へと導いたスティーヴ・ハリスが持つ先見の明の高さを改めて実感するのだ。
2019.03.12
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