【Y2Kリバイバル】本能 / 椎名林檎
衝動を突き動かしてくれる何かがあった「本能」
ーー 林檎ちゃんの曲って、女の子が直感的に思ってること、感じてることを言葉にして、そのままの気持ちで歌ってくれてるんですよね。嘘がないんです。だから年上でも共感できるし、心に刺さるんだと思う。
これは10年前、椎名林檎の熱狂的ファンだという当時18歳の女子大生に、なんで林檎が好きなの? と訊いたときの返答である。彼女はロック好きの大学1年生で、私が原稿を書くのによく使っていた新宿のカフェのバイトさんだった。ある日、おそらくライブ会場で買ったと思われる林檎印のグッズを身につけていたので、気になって訊いてみたのだ。このとき椎名林檎は38歳。バイト嬢より20歳も年上である。なのに彼女が “林檎ちゃん” と、まるで同世代のように呼んでいたのがとても興味深かった。
彼女が林檎好きになったのは、中学生のときに東京事変を聴いたのがきっかけ。なに、このボーカルの人? めっちゃカッコいい! と魂を打ち抜かれたそうだ。ところが、彼女がハマり始めた直後の2012年、東京事変は突然解散。椎名林檎は再びソロに戻った。
ーー バンドのときも超カッコよかったんだけど、1人だけになったことで、林檎ちゃんのことがもっと好きになったんです。もともとソロだったと知って、じゃあ初期の曲も掘ってみようって。
初期の曲だとどれが好きなの? と訊いてみると、彼女が即答したのが「本能」(1999年)だった。ナース服を着て、ガラス板をバンバン破壊していくミュージックビデオ、観た?
ーー もちろん観ました!同じコスプレをして、ガラスをガンガン蹴破るのが夢なんです!
なんでも彼女、中学生のときはクラスメイトと馴染めず、常にモヤモヤを抱えていたという。かといって音楽、美術、文章、ダンス…… 何か表現活動をしようにも、飛び抜けた才能があるわけじゃないことに絶望して、この世から消えてなくなってしまいたいと真剣に思っていたそうだ。そんなときに椎名林檎と出逢えたバイト嬢はとても幸運だった。彼女はこう言った。
ーー「本能」には歌詞の通り、私の衝動を突き動かしてくれる何かがあったんです。もしこの曲に出逢ってなかったら、私、今ここにいないかもしれません。林檎ちゃんが好きな女子は私だけじゃなくて、クラスにもいっぱいいますよ。
椎名林檎が女性たちに支持される理由
で、Y2Kリバイバルの今、その状況は昔と変わらず、“林檎党” を公言する若い女性ファンは依然として多い。先日もこんな記事を見掛けた。リトグリも輩出した『最強歌少女オーディション』出身で注目の舞台女優・斎藤瑠希(23歳)が初のソロライブを行った際、大好きな椎名林檎の「人生は夢だらけ」をカバーしたというのだ。どうして椎名林檎は時代も世代も超えて、女性たちに支持されるのだろうか?
その理由について、椎名本人が興味深い話をしている。ちょっと前になるが、2017年に『Yahoo!ニュース』の特集記事で掲載された「椎名林檎インタビュー」からのコメントだ。
「無粋に思えてあまりお話ししてきませんでしたが、基本的に私が自演する曲は “ブス設定” なんです。例えば造形がキレイな女の子でも、急にブスになる瞬間ってありますよね? 大好きなはずの人を前にした時に限って “あ、いま私ブスなこと言ってるな” みたいな(笑)。でも女の子の親友同士だと、共感があるしその瞬間がたまらなく愛おしかったりもする。デビューからずっと、そんなブス設定の担当を自任してきました」
(2017年12月6日配信記事より)
この前段で椎名は、他アーティストへの提供曲について、美人やハンサムの設定で書けるのが面白いところです、と語っているのだが、自分が歌う曲についてはブス設定を通し続けたというのだ。このブス設定という言い回しがいかにも椎名林檎で、要は《自分の不器用な部分、不細工な部分を隠さずにさらけ出す = 裸の自分を見せる》ということだ。
椎名によると、デビュー時、若手の美人シンガーソングライター枠はすでに飽和状態だった。だったら自分は “私ってば、こんなにブス!” という現実味のある描写で勝負しよう……。そう腹をくくれたところに、椎名林檎の魅力と強みがある。
拡声器を使った林檎流アジテーション
人間誰しも、内面にモヤモヤとした澱(おり)のようなものを抱えている。それを言語化して曲にするのはなかなか厄介なことだし、ネガ要素ばかりになると、誰が聴くんだ、そんなもの、になってしまう。だが、ポジ要素満載のヒット曲じゃ救われない層が世の中には一定数いて、椎名は彼女たちの心の澱を掬い上げ、曲に昇華させ、言葉にできないその気持ちを代弁してみせた。だから女性たちから熱い支持を得たのだ。「本能」の冒頭、椎名は拡声器を片手にこう叫んでいる。
I just want to be with you tonight
I know that you want to be in my bed
最初に聴いたとき、拡声器経由で声が歪んでいたので英語だとすぐ気づかなかったが、要は男と寝たい女と、女を抱きたい男の歌であり、まさしく “本能” だ。サビ頭で始まるこの曲、女はいきなりこう宣言する。
約束は 要らないわ
果たされないことなど 大嫌いなの
ずっと繋がれて 居たいわ
朝が来ない窓辺を 求めているの
男がお前とずっと一緒にいたいと言っても、そんなものはどうせ時間が経てば反故にされると、女は本能で知っている。明日のことなんかよりも、心も体も繋がっていられる今この瞬間にとことんまで愛し合って、この命を燃やし尽くそう……。
ずっと繋がれて居たいわ
朝が来ない窓辺を求めているの
この部分は一見ネガティブに見えて実は、貴女が愛するもののために、本能のまま今を真剣に生きてみたらどう? という女性への超ポジティブなメッセージなのだ。椎名が拡声器を抱えてこの曲を歌った理由はおそらくそういうことで、だから “もう死んじゃいたい” と思っていた女の子たちに、この林檎流アジテーションはメチャクチャ刺さったのである。
一貫して変わらない椎名林檎の姿勢
ところで、椎名林檎が、消えちゃいたいと思う女の子たちの気持ちに沿った曲を歌い続けた理由は何なのか? 彼女は第二次性徴期に右半身の発育が止まるという症状に見舞われ、そのせいで幼少期から10年以上続けたバレエを断念せざるを得なくなった。また学校での友人関係や親子関係もうまくいかず、ずっとモヤモヤしていたという。そんなある日、15歳になった椎名は、新聞の片隅にあった記事を見て大きなショックを受ける。それは、同い年の女の子が自殺したという小さな記事だった。椎名は言う。
「私と彼女では一体何が違ったのか? 無関係に思えなかったのです。自分の表裏というか、その女の子は、いまを生きている自分と抱き合わせの存在のように感じられました」
(「Yahoo!ニュース」 2017年12月6日配信 インタビュー記事より)
以来、たまたま死ななかった自分は、“命を助けてもらった立場” だと自覚するようになった。今後も生きていくからには、消えちゃいたいと思う女の子たちのことをずっと考え続けていこうと決意し、それが音楽の道に飛び込むきっかけになったという。椎名林檎の心の中には、常に15歳の女の子がいて、彼女がもう消えちゃいたいと思わずに済むような、心の拠り所になる曲を作っていきたい…… その姿勢は一貫して変わっていない。
2026年は3月17日の大阪公演を皮切りに春の全国ツアー『椎名林檎 党大会 令和八年列島巡回』が開催される。10年前のバイト嬢のように、今回も会場には林檎グッズを身につけた若い “女性党員” たちが集結することだろう。右寄りだの何だのと言われるが、椎名林檎が寄り添うのは国家ではなく、いつだって “女の子” なのだ。
椎名林檎 党大会 令和八年列島巡回3月17日(火)大阪:ザ・シンフォニーホール
3月18日(水)大阪:ザ・シンフォニーホール
3月24日(火)広島:呉信⽤⾦庫ホール
3月25日(水)広島:呉信⽤⾦庫ホール
4月01日(水)東京:すみだトリフォニーホール
4月02日(木)東京:すみだトリフォニーホール
4月09日(木)福岡:アクロス福岡シンフォニーホール
4月10日(金)福岡:アクロス福岡シンフォニーホール
4月18日(土)山形:やまぎん県⺠ホール
4月19日(日)山形:やまぎん県⺠ホール
4月25日(土)兵庫:神⼾国際会館こくさいホール
4月26日(日)兵庫:神⼾国際会館こくさいホール
4月30日(木)東京:すみだトリフォニーホール
5月01日(金)東京:すみだトリフォニーホール
5月19日(火)静岡:アクトシティ浜松
5月20日(水)静岡:アクトシティ浜松
5月27日(水)群馬:⾼崎芸術劇場
5月28日(木)群馬:⾼崎芸術劇場
2026.02.04