イルカ最新インタビュー。デビューから1970年代の活動を中心に話を伺った前編に続いては、小田和正との友情で生まれたアルバム『我が心の友へ』をはじめとする1980年代以降の活動、そして、今も変わらないイルカの音楽に向き合う姿勢を伺っていく。
デビュー10周年のアルバム「我が心の友へ」は小田和正プロデュース
――『いつか冷たい雨が』(1979年)に続くアルバム『我が心の友へ』(1980年)は小田和正さんがプロデュースをしていますが、どういういきさつだったんですか?
イルカ:あれはデビュー10周年のアルバムで、本当は木田高介さんにやっていただく予定だったんです。この年の日本武道館コンサートの後にニューヨークでアルバムを作る予定でした。その準備をしている時に木田さんが事故で亡くなってしまって。それは、単にアレンジャーがいなくなったというだけじゃなく、私自身が歌えるだろうかというくらいのものすごいショックだったんです。
その時に夫がオフコースのお仕事を手伝っていて小田さんに相談したんです。小田さんも事情をわかってくれて “イルカのためなら、出来ることはなんでもやるよ” と言ってくれました。本当に友情でつながっているんです。ちょうどオフコースがロサンゼルスでレコーディングすることになっていたので、そのレコーディングがほぼ終わった頃に私たちが行ってレコーディングするということになったんです。その時に小田さんは “アレンジだけじゃなくてプロデュースという形でやらせてほしい” と言ってくれて。それであのアルバムが出来たんです。
―― 木田高介さんはイルカさんにとってどんな存在でしたか?
イルカ:とにかく、その当時のコンサートツアーのバンマスですから。アレンジもして、ミュージシャンとしても参加してくれて、バンドメンバーを全部まとめてくれていましたから、すべての大親分という感じで。個人的にもいろいろな話をしていたし、公私ともに親しくさせていただきました。
50周年アルバム「うたのこども」でも鈴木茂がアレンジを担当
―― 小田さんがアレンジした「フォロー・ミー」が収録されているアルバム『Follow Me』(1981年)の他の曲は鈴木茂さんがアレンジしていますね。
イルカ:そうなんですよ。鈴木茂さんに初めてアレンジをお願いしたのは1980年に出した「十九の春に」というシングル盤からなんです。当時の私のディレクターが茂さんも担当していたんだと思うんです。私は茂さんがアレンジのお仕事もされることは知らなかったんですけど、彼が “茂さんはすごくいいアレンジをするから、イルカに合うんじゃないか” と言うのでお願いしたんです。そうしたら最初の予想よりはるかに素晴らしいアレンジをしてくれて、私も夫もすっかり鈴木茂さんの大ファンになってしまって、それから茂さんにアルバム何枚もお願いするようになったんです。その後、しばらく間が空いたりもしたんですけど、デビュー50周年のアルバム『うたのこども』(2022年)で久しぶりにまたアレンジをお願いしました。。
絵本と連動させたアルバム「ちいさな空」
―― イルカさんは絵本も手掛けられていますが、音楽の表現と絵本の表現の違いはありますか?
イルカ:はい、あります。実際の作業はまったく違いますね。絵本の場合は私が描かないと終わらないわけです。毎日明け方まで絵を描いたりということをしないと終わらないんです。楽曲の場合は、曲が出来てアレンジャーに渡したらもう自由なんですよ。どんなふうに仕上がるかすごく楽しみで、後は、こうして欲しい、ああして欲しい、とか言えばいいわけで。そういう意味では、石川鷹彦さんも、木田高介さんも、鈴木茂さんも、松任谷正隆さんも、私が本当に信頼して身をゆだねられる素晴らしいアレンジャーなんです。私が、こうして欲しいとか、いろいろ話をしたことに関して的を外されたこともないし、すべて想像を超えてきてくれたんです。だから、それがもう本当に幸せなことだと思います。
―― 絵本も楽曲も、最初の種の部分は共通しているんでしょうね。
イルカ:そうです、だから絵本と連動させたアルバム『ちいさな空』(1978年)もつくっていますからね。私の絵本が出来たらいいな、それに音楽があったらいいな、それに絵が動いたらいいな、ということで『ノエルの不思議な冒険』というアニメーションもつくった。だから、いろいろな形で影響しあっているとは言えますね。
―― その全体がイルカさんの表現になるんですね。
イルカ:はい、そうですね。欲張りなんです。
小さい頃からひとつのカテゴリーに入れられるのがすごく嫌だった
―― イルカさんの世界には、優しいイメージがありますが、優しさだけじゃなくしっかりとした芯があって、譲らないものがある感じがします。
イルカ:最近はジェンダーのこととか、皆さんが大っぴらに言われるようになりましたけど、それまで、私は自分が何者かにあまり気づいてなかったんです。でも、私は男でも女でもなく、大人でも子供でもなく、人間でも動物でもない存在でありたいとよく言ってたんです。小さい頃からひとつのカテゴリーに入れられるのがすごく嫌だったから、私はアメーバのような存在でありたいとデビューした頃から言っていました。
最近はそういうことがかなり理解されるようになってきたと思いますけど、どういう存在でもいいじゃないっていうね。私は75歳になりましたけども、年齢にも縛られることもなく、女だからどうのと言われることもなく、女を利用してやろうと思ったこともないんです、そういう意味でね。
―― それにしても、イルカさんの姿勢がここまで一環している秘訣はなんでしょうね。
イルカ:頑固なんでしょうね。子どもの頃から思っていることは変わってないんです。小さい頃からませた子だったんですよ。そのわりにまったく人としゃべれないような子だったから、外に出て歌いたいと思ってなかったんです。でも不思議なことに、いつか歌うことになっちゃうんだろうな、とも思っていたんです。私は音楽は大好きだったけれど、オーディションも受けたことが無いしコンテストにも出たことがないんです。だから一番の望みは、世界で一番のアマチュアバンドを組みたいということでした。そういう人間だったんです。
ストレートなメッセージソング「あいのたね❤まこう!」
―― 2025年に出された「あいのたね♥まこう!」これもストレートなメッセージソングですね。
イルカ:そうなんですよ。当たり前のことを歌っているだけで。でも、今あえて当たり前のことを言わないとマズイ世の中になっているんじゃないかっていう気がしたので。とにかく、若い人たちに夢を持ってもらえないと。私たち、先に生きてきた人間には責任があるでしょ。子供たちに “どうせ…” なんてこと言わせちゃいけない。だから空回りと言われても、この世は素晴らしいんだよ、ということを感じてもらえるように、少しでも種をまいておかないとね、と思うんです。
でも、焦ってもロクなことにはならないから、時間をかけてゆっくりやればいいと思っています。今の世の中、何でもスピーディーになっていてすごく便利ですけど、時間をかけなきゃいけないことは、ちゃんとしっかり時間をかけて欲しいと思います。若い人達も時間をかけて自分を磨いて欲しいと思います。この曲に、ひとりでも共鳴してくれたら嬉しいなと思うんですよ。
音楽は日々変わるのがあたりまえだから、段取り通りにやるのはつまらない
―― 最後になりますが、「なごり雪」を歌う気持ちは、最初の頃と今とでは変わっていますか?
イルカ:変わってないです。なにも考えてないですもん。私は考えて歌うことはしないんです。こういうふうに歌おうって段取りも組まない。その時によってどう行くか決めていないんです。だから優秀なミュージシャンはそれに合わせてくれるけれど、段取りでやっている人とはやりにくいこともありますね。
自分で自分の歌い方の分析はしないのでわからないですけど、イントロが鳴ったら乗って歌うだけなんです。別に歌い方を変えようとはしていないですけど、その日によって変わっても当然だと思います。歌は生き物ですからね。私はそれがいいと思っています。
―― イルカさんの歌を聴いて演奏も変わっていくわけですね。
イルカ:私も彼らの演奏を聴いていますからね。言ってみればコンサートはその日の朝から始まっているんです。起きた時に “よっしゃー” となって、その日によって、あそこの具合が悪いとかいろいろなこともあるし、そういうことによっても全然違う。お客さんの反応によって変わってくることもありますしね。だから全部違うんですよ。音楽は日々変わるのがあたりまえだから、段取り通りにやるのはつまらないんですよ。その時の自分が、そのまま素直に出ればいい。というだけですからね。
―― その感覚はジャズですね。
イルカ:そうかもしれないですね(笑)
ーー イルカから届けられる音楽はやさしさに満ちている。しかし、そのやさしさの奥にはしなやかな人としての強さとまっすぐな視線がいつも感じられる。その変わらない姿勢こそが、イルカを唯一無二のアーティストとして時代を越えて輝かせているのだろう。彼女の力強い言葉を聴いて、改めてそう思った。
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2026.01.18