ソロデビュー50周年を迎えたさだまさし
さだまさしが吉田政美とのユニットであるグレープを解散し、ソロアーティストとして歩み始めてから2026年で50年を迎える。半世紀という時間は、音楽の流行や社会の空気感が一変してしまうほどに長い。それでもなお、彼の紡ぐ言葉は今も多くの人に届き続けている。もっとも、さだまさしの作品は特定の年齢層に向けて作られてきたわけではないが、やはり「雨やどり」や「関白宣言」が発売された当時を知る “中高年層の音楽” というイメージで語られがちでもある。
しかし本来、良い曲とは年齢によって区切られるものではない。音楽というものに対象年齢があるとするならば、それは便宜的に時代によって分けられているに過ぎず、実際は人それぞれの人生のタイミングにそっと重なるエイジレスなものである。本稿では、2001年生まれ(24歳)である筆者が、さだまさしが書いた歌詞の中から、とりわけ勇気づけられる5曲をピックアップさせていただく。
人生の普遍を題材に描き、勇気づけられるさだまさし5選
「座・ロンリーハーツ親父バンド」ザ・ヤンチャーズ加山雄三の芸能活動50年を記念して2010年に制作された、ザ・ヤンチャーズ名義での作品、「座・ロンリーハーツ親父バンド」。この曲は曲名の通り、40代〜団塊の世代をターゲットに作られた曲と掲げられているが、この言葉には世代を越えた説得力がある。
いつかきっと笑えるさ(いつか きっと)
どんなに苦しい坂道も
どうにか乗り越えて
生きてきたのだから
作詞をしたさだまさしは、私と近い年齢の頃に多額の借金を背負いながらも完済。一方、作曲を手がけた加山雄三も、巨額の借金や生死を彷徨う大怪我や病を乗り越えてきた。人生のどん底を経験してきた2人が、今も明るく音楽を届けてくれているからこそこの言葉は胸に響く。自分に悩みがあったとき、その悩みが消えるわけではないが、それも長い人生の中の一場面だと思えるようになる。そんな視点をこの曲は示してくれる。
「主人公」「秋桜」や「案山子」などの名曲が収録されている、1978年に発売されたアルバム『私花集(アンソロジィ)』のうちの1曲。さだまさしの楽曲の中でもファンからの人気が高い楽曲で、私自身にとっても背中を押してくれた1曲である。
勿論 今の私を悲しむつもりはない
確かに自分で選んだ以上精一杯生きる
実際に、悔しさで食べ物が喉を通らないほど落ち込んだ日にこの曲に救われたことがある。過去を悔やむ気持ちは消えなかったが、それでも自分で選んだ道なら、これからどう生きるかは自分で決められると思えた。立ち止まったままではなく、先を見て歩き直す勇気を思い出させてくれる。
「いのちの理由」2009年発売のアルバム『美しい朝』に収録された1曲が「いのちの理由」。「一期一会」など、人生をテーマにした心温まる楽曲が全編を通して並ぶ作品である。筆者が小学生の頃に初めて聴いたさだまさしのアルバムであり、この曲はとりわけ強く印象に残っている。さだまさしが優しく語りかけてくれる言葉の中で、特にいま響く言葉は以下の歌詞だ。
春来れば 花自ずから咲くように
秋くれば 葉は自ずから散るように
全体の歌詞を踏まえた上でこのパンチラインを聴くと、自然の流れになぞらえて人生を語っているように思える。移り変わる季節のように、思い通りにならないこともあるものだと焦らず、自分の道を信じていればいい。そっと支えてくれる言葉として胸に残っている。
「君は歌うことができる」まだ高校生のときの高杉真宙がジャケット写真に使われている、2014年発売のアルバム『第二楽章』収録の「君は歌うことができる」。THE ALFEEの高見沢俊彦が編曲を担当している点も、この曲を印象づける要素のひとつだ。発売当時、2人が音楽番組で共演していた光景も含めて、この曲は鮮明に記憶に残っている。
目の前の何者かに
決して媚びて歌を売るな
遙か未来で聴く筈の
尊い誰かのために歌え
歌詞全体を通して見ると、歌手に向けて歌われた曲のようにも思えるが、一人ひとりの秘めた可能性を讃える歌として受け取ることもできる。特に上記のパンチラインは、誰かに合わせて自分をすり減らす必要はないこと、そしていつか自分を必要としてくれる人は必ずいるのだと教えてくれる。だからそのときを信じて歩き続けていいのだと、力強くエールを送ってくれる1曲である。
「緊急事態宣言の夜に」最後は、新型コロナウイルスが蔓延して生活に制限がかけられた直後の2020年4月に、配信ライブ内で初披露された「緊急事態宣言の夜に」を紹介したい。他の4曲とは異なって時代を色濃く反映した楽曲であり、前を向けと背中を押すタイプの勇気とは少し趣が違う。コロナ禍の不安や制限の中で耐えていた日々を思い返し、今こうして日常を送れていることのありがたさを改めて実感させてくれる曲だ。そんなこの曲から、特に心に残ったパンチラインを紹介したい。
文句を言うのは生き延びた後だ
初期のコロナ禍ではとにかく生きることが最優先となり、いつまでその状況が続くのか分からないまま自分のしたいことを後回しにせざるを得ない期間だった。必要最低限の暮らしや大切な人を思いながら、それぞれが自分にできることを探し、明日へとつないできた。その経験を踏まえるとこの1行は、当時求められていた覚悟を端的に言い表している。今になって卒業式が簡略化された悔しさなどを語れるのも、あの時間を乗り越えたからこそだ。そう思うと、あの頃頑張れたのだから、きっと大丈夫だと勇気が湧いてくる。いつかコロナ禍を実体験として知らない世代が増えたとしても、どうしようもない状況下で考え抜き、できる範囲で行動し続けた記憶は決して古びないだろう。
さだまさしの歌詞が世代を越えて心に届くのは、日本語の美しさや感情の振れ幅をもって、命や家族、出会いと別れといった人生の普遍を題材に描いているからだろう。こういった感情は時代が変わっても色褪せず、聴く側の年齢によって意味を変えながら多くの人の心に残り続けていく。
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2026.01.14