夏うたを2026年の視点で再編集 vol.13
私の夏 / 森高千里
1987年のデビューから何度か路線を変更した森高千里
森高千里はシン・ゴジラである。
えっ、いきなり何を言いだすのかって? いえいえ、失礼は承知の上で、これにはちゃんとした理由があるのです。映画『シン・ゴジラ』(総監督:庵野秀明)に登場するゴジラと言えば―― 最初から、あのフォルムが完成していたワケじゃない。初めて東京湾に姿を現した時は、巨大な尻尾のようなものが海上でうごめく謎の水棲(すいせい)生物だった。
それが、多摩川河口から川を遡り始めると、どういうワケか両生類へと急速に進化。通称 “蒲田くん” なる、第2形態に変貌する。更に品川に到達すると、今度は立ち上がって二足歩行の陸棲(りくせい)生物の第3形態に。その後、再び東京湾に戻り、数日後に相模湾に出現した際には、身長100mを超える巨大な第4形態へと進化―― 今日の僕らが知るゴジラが完成する。
一方、森高千里サンも、1987年のデビューから何度か路線を変更しつつ、今日の僕らがよく知る森高サンへと至っている。最初の2年ほどは、少しミステリアスな香りのする美少女路線だった。銀色夏生サンの詩集のモデルに起用され、テレビでは糸井重里サンとポカリスエットのCMで共演。凛とすました美少女っぷりと、クールな受け答えが印象的だった。
セルフプロデュースの才を開花させた「ザ・ストレス」
最初の転換は、デビュー3年目の1989年初頭に出した6枚目のシングル「ザ・ストレス」である。元来、苦手としていた女優・タレント活動へのストレスから入院し、その体験を元に作詞した同曲で覚醒。入院で体重が落ち、よりスリムになったのを機に、髪型をストレートロングに変え、衣装もミニスカートのコスプレを取り入れるなど、セルフプロデュースの才を開花させる。そう、“見せるアイドル” へ―― 。森高千里、第2形態の始動である。
折しも、そのタイミングで南沙織サンの同名タイトルをカバーしたシングル「17才」がスマッシュヒット。ミニスカートに美脚は森高の代名詞となり、一躍、メジャー人気を獲得する。この辺りから独特の作詞センスも世間に見つかり、自身の楽曲のほぼ全てを担当するように――いわゆる “森高ワールド” を確立する。
時に、世はバブル絶頂期。コンサートで、肩パッド入りのスパンコールの衣装から早着替えする彼女の見せるパフォーマンスは評判となる。1992年6月、16枚目のシングル「私がオバさんになっても」(作詞:森高千里 / 作曲:斉藤英夫)をリリース。ロングヘアをなびかせ、ミニスカートから伸びる美脚もまぶしく、その森高ワールド全開の歌詞は、今風に言えば世間を大いにバズらせた。23歳の彼女は唯一無二の存在感を放っていた。
私がオバさんになっても 本当に変わらない?
とても心配だわ あな
若い子が好きだから
等身大のナチュラル路線「渡良瀬橋」
―― ところが、同年11月にリリースされた7枚目のアルバム『ペパーランド』で、ある変化が起きる。それまで派手なコスチュームで彩られたジャケ写が、普段着のナチュラルなモノクロ写真に。サウンド面も、それまでの打ち込み主体から、生のバンド編成へと転換。自らも楽器演奏をするようになった。ちなみに、タイトルの “ペパーランド" は、彼女が高校時代にガールズバンドを組んでいた頃の拠点である。そう、原点回帰―― 。気が付けば、バブルは過ぎ去り、人々は等身大の生き方を模索し始めていたのである。
年が明けて1993年1月、17枚目のシングル「渡良瀬橋」(作詞:森高千里 / 作曲:斉藤英夫)がリリースされる。実在する栃木県足利市の橋を題材に、叙情豊かな歌詞で構成された同曲は、新たな森高ワールドの到来を予感させた。そう、アルバム『ペパーランド』からシングル「渡良瀬橋」に至る過程で、彼女は再び路線転換を図った。それまでの見せるアイドルから、等身大のナチュラル路線へ―― 。事実、彼女は1992年末の『第43NHK紅白歌合戦』に「私がオバさんになっても」で初出場した際、トレードマークのロングヘアを大胆にカット、ミディアムスタイルに変わっていた。
全日空のキャンペーンソングに選ばれた「私の夏」
そう、いわば森高千里、第3形態へ―― そのタイミングで発売されたのが、少々前置きが長くなったが(長すぎる!)今回のテーマ、18枚目のシングル「私の夏」(作詞:森高千里/作曲:斉藤英夫)である。
どこかへ行きたいな 今年も
この間彼とは 別れたけど
こうなりゃ友達を 誘って
意地でも休暇を 満喫してやろう
イントロはモータウン調のベースラインで、これから始まる曲のワクワク感を醸成する。実際、同曲は軽やかなポップナンバー。彼と別れたばかりのヒロインが女友だちを誘い、気ままな沖縄旅を夢想するが、失恋の痛みはどこにもない。かと言って気負いもない。まことに自然体―― そう、これぞ第3形態の森高ワールドである。ちなみに、先にも申し上げた通り、同曲でドラムを叩くのは森高サン自身。キュートなボーカルと併せて、そのキレのあるビートも堪能できる。
リリースは、1993年4月10日。夏ソングなのに随分タイミングが早いのは、同曲が全日空の『ANA'S SUMMER 沖縄』のキャンペーンソングに選ばれたから。キャンペーン期間は同年5月1日から7月19日まで。その間、同社が運航する機内では、モニターに同CMが頻繁に流れていたという。
決めた
沖縄の海にしよう
一日中寝ていたい
色気も忘れて 太陽の下で
ゴロゴロしよう
そう、同曲と言えば、何を置いても本人が出演したANAのキャンペーンCMである。先にCM用にサビだけ先行して録音したそうで、ゆえに歌詞の一部がシングル版と異なる。冒頭―― 真っ白な砂浜のロングビーチに、エメラルドグリーンの海が広がる。そこへやってきた森高サン。トロピカルなアロハシャツにショートパンツ、手にはラフィアのトートバッグ。髪型はシンプルなストレートミディアムで、無造作に前髪をかき上げる。
「暑かぁ~」
そう、やはりCMの森高サンも自然体そのもの。バブル時代、濃いめのルージュに前髪を固め、ロングヘアをなびかせたカッコいい森高とはある意味、真逆。気負いのないナチュラルメイクに、なんたって郷里の熊本弁である(褒めてます)。そこにいるのは、スター・森高千里というより、もはや等身大の “ちーちゃん” (熊本時代のあだ名)だ。だが、それがいい。
女性層にも一気に広がった自然体の魅力
有名なエピソードがある。同CMを撮影する際、 “広かぁ~!” と叫びながら砂浜を海に向かって走るシーンがある。だが、彼女はセリフを言い終えた直後、悲鳴を上げて豪快にコケてしまい、笑い転げる。NGだ。だが―― 本編のCMでは、まさにこのNGカットが使われたのだ。それは、飾らない彼女の魅力が100%可視化されているから。かくして、同CMは伝説になった。
きれいな海を 見ながら
素敵な出会いがあれば
もう言うことないわ いけない余計な
気を起こしそう
同曲の珠玉は、ラストのブロックである。女2人の気ままな沖縄旅のはずが、つい邪念を夢想している(笑)。そして、直後に自ら “いけない” と否定。この時代、ノリツッコミという概念があったか定かじゃないが、この辺りの正直な小悪魔感が見え隠れするのも森高サンの魅力。かくして、同曲は同性にも支持を広げ、それまでの自己最高セールスとなる40万枚弱を売上げる。
ちなみに、森高サンのCDセールスが全盛期を迎えるのは、この、第3形態の時代である。バブル時代(第2形態)が全盛期と誤解されがちだが、同時代の平均セールスが10万台なのに対し、「渡良瀬橋」以降は、30〜40万台が頻発する。先にも触れたが、それまで男性偏重だったファン層が、その自然体の魅力から女性層にも一気に広がったのだ。
2026年6月28日――『テレ東音楽祭2026夏』において、森高千里サンは「私がオバさんになっても」を披露した。黒のタイトなミニスカワンピに、キュートなボブヘア。スリムなスタイルは昔と少しも変わらず、お顔もお世辞抜きにカワイイ。その歌声も全盛期とさほど変わらない。第一、ソコにいるのは森高千里であって、断じてオバさんではない。
私がオバさんになっても 本当に変わらない?
とても心配だわ あなたが
若い子が好きだから
―― 森高千里 “第4形態” である。
▶ 森高千里のコラム一覧はこちら!
2026.07.27