1995年 12月6日

伊藤銀次とウルフルズ ⑱「ガッツだぜ‼」小室哲哉全盛期に生まれたバッタもんディスコ

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伊藤銀次とウルフルズ ⑰「ガッツだぜ‼」と「勝手にシンドバッド」の破天荒なポップ感覚

ウルフルズ「ガッツだぜ‼」小室哲哉のアドバイスと伊藤銀次のプロデュースで初の大ヒット

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1970年代のディスコサウンドが大きなヒントになった「ガッツだぜ!!」


ウルフルズのプロデュースを初めて約1年後の1995年、日本の音楽シーンは小室哲哉君の全盛期。trf(現:TRF)、globeなど、キック4つ打ちでユーロビートのリズムに日本語を乗せたダンサブルな曲たちが、すっかりシーンを席巻していた。その勢いはあまりに凄くて、彼が作り出すダンスビートには勝てそうもないからか、ロックバンドはミスチルやスピッツなど、激しいビートのサウンドではなく、ポップでメロディアスな曲で対抗していた。

その頃のロックバンドの多くは右にならえとばかり、この2つのバンドの席を奪おうと群がっていた。だけど、僕はその中に絶対ウルフルズを入れたくなかった。僕はあくまでも1990年代のサザンオールスターズになってもらいたく、ウルフルズにとっての「勝手にシンドバッド」のような曲がトータス松本から出てくるのを待ち続けていたのだった。

ーー 思い続けて、願い続けているとそれはやってくるものだね。一縷の望みをかけて探したデモ曲の中から見つけた「ガッツだぜ‼」というワードと、その元になっていた1970年代のディスコサウンドが大きなヒントになった。突然アイデアが閃いたのだ!



トータス松本が語っていたウルフルズ像


そういえば、1970年代後半のアメリカのポップシーンはこの時代と似ていたぞ。映画『サタデイ・ナイト・フィーバー』が当たったり、メロディックだったビージーズがディスコサウンドをやり始めるや、1970年代後半は一気にディスコサウンド全盛に。ロッド・スチュワートが「アイム・セクシー」、そしてローリング・ストーンズまでが「ミス・ユー」でディスコサウンドを意識して大ヒットさせたくらい。

そう、あの時期と、1995年あたりの日本の音楽シーンが僕には似ているように思えたのだ。そこで思い出すのはトータスと出会った頃、彼が語っていたウルフルズ像。

「僕らはバッタもんでいいんです。なんちゃってブルース、なんちゃってサーフィン、なんちゃってレゲエで 」

そうか、このとんでもなくインパクトのある「ガッツだぜ‼」というワードを使って、なんちゃってディスコを作ろう!ひょっとするとそれがウルフルズにとっての「勝手にシンドバッド」になるのでは!まだ確固たる設計図があったわけでもないのに、もやもやとしてまだピントは全然あってないけれど、頭の中におぼろげな青写真を描きながらメンバーとリハスタに入ることにしたのだった。



曲作りの間に起こったいくつもの小さな奇跡


楽器のセッティングを済ませたメンバーを待たせながらまずトータスと曲作りを。虎の子の「ガッツだぜ‼」というワードからサビを作ってもらった。彼が考えたメロは、このアプローチの元々のヒントになったKC&ザ・サンシャイン・バンドと同じようにディスコビートではあるが、元のメロとはまったく異なるもので、そのおかげでまるきり別曲になった。

曲のゴールのサビができたので次はAメロ。さすがトータス、おいしいメロが次々と。この1年以上の共同作業が明らかに彼の曲作りの力を進化させたのだった。そしてサビ前の、意外と大切なBメロに差し掛かるとトータスが、どんなんがいいですかね?と。近々せまっているレコーディング。もうウダウダと迷っている時間はなかった。

なんちゃってディスコと決めていたものだから、迷うことなく直感で僕の口から出た言葉は、“そうだね。ディスコだからヴァン・マッコイの「ハッスル」みたいなのがいいんじゃない?” するとトータスから出てきたのが「♪生まれて死ぬまであっちゅー間」といった想像以上にごきげんなメロディ。



今振り返ると、僕とウルフルズのチームはプロジェクトが始まった時は大変だったけど、途中からは僕たちのがんばりぶりを見た音楽の神様が味方についてくれてたんじゃないかと思うくらい、小さな奇跡がいくつも起こってきていたような気がするね。

やった!いい曲ができたというので、このA-B-Cの構成を通して歌ってもらった。しかし安心も束の間、致命的な欠陥に遭遇したのだった。なんとAからBと歌ってきてサビになったとき、入り口の「ガッツだぜ‼」のメロディが下に下がってしまい。いきなり暗い歌になってしまうのだ。それぞれの部分のメロはすごくいいので、別のメロディを新たに考えることはしたくなかった。もう絶体絶命かと思われたが、幸いにもあるアイデアで窮地を脱することができたのだった。

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2026.02.24
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カタリベ
1950年生まれ
伊藤銀次
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