リレー連載【ミリオンヒッツ1996】vol.5
ミエナイチカラ 〜INVISIBLE ONE〜 / MOVE / B'z
▶ 発売:1996年3月6日
▶ 売上枚数:123.6万枚
1996年、この年のB'zシングル第1弾「ミエナイチカラ 〜INVISIBLE ONE〜」
今から30年前の1996年といえば、日本の音楽マーケットはCD全盛の真っ只中。筆者は当時、レコード会社のセールス担当として、大手チェーン店から街の小さなレコード店まで、足繁く営業に通う毎日を送っていた。いかに発注担当者から多くの注文をもらい、売り場の陳列棚を確保するか。文字通りレコード各社が凌ぎを削る時代だった。
そんなCDが売れまくった時代においても、B'zの存在感は今と変わらず別格だった。B'zのリリース日はレコード店にとって最も重要なイベントのひとつ。CDが店頭に届く発売前日のフラゲ日、店内は独特な緊張感に包まれる。うっかり訪店のアポなど入れようものなら、多忙な担当者から冷ややかな反応が返ってきたものだ。そんな1996年、B'zが送り出したこの年のシングル第1弾が「ミエナイチカラ 〜INVISIBLE ONE〜」だった。
B'z初のアニメタイアップ曲「ミエナイチカラ」
通算19作目となる本作「ミエナイチカラ 〜INVISIBLE ONE〜 / MOVE」は、B'z初の両A面シングルだった。「ミエナイチカラ 〜INVISIBLE ONE〜」は、テレビアニメ『地獄先生ぬ〜べ〜』(テレビ朝日系)のエンディングテーマに起用され、B'z初のアニメタイアップ曲となった。もうひとつのA面曲である「MOVE」は進研ゼミ中学講座のCMソングに起用されており、このダブルタイアップの効果も相まって、累計売上120万枚を超えるヒットを記録。前シングルの「LOVE PHANTOM」に続き、12作連続でミリオンセラー達成という偉業を成し遂げ、オリコンチャートで週間・月間ともに首位に輝いた。
この曲、これだけの大ヒットでありながら、プロモーション時にテレビ出演が行われず、B'z歴代ミリオンシングル作品において、発売当時にテレビで披露されなかった稀有なケースとなっている。ミュージックビデオは制作されていたが、当時はお蔵入りになっていて、後年になって一部が公開されている。そんな状況下においてでもミリオンセラーに到達した事実は、当時のB'zの圧倒的な人気と破竹の勢いを物語っている。
リスナーに希望を与え続ける稲葉浩志の歌詞
多彩な曲調で魅了し続けるB'zの数ある曲の中でも、本作はとりわけ聴く者の心をまっすぐに鼓舞してくれる。そう、イントロでのトリッキーなギターとドラムのユニゾンから一転、ミッドテンポの爽快でキャッチーなリフレインが一気に弾けていく。前作「LOVE PHANTOM」の緊迫感や、疾走するダンサブルなロックとは一線を画す、カラッと乾いた開放感が全編にわたって躍動する。
核心は、聴くものを優しく包み込むようなメロディだ。希望に溢れたサビへ導かれるメロディラインと、哀感を滲ませたもうひとつのサビへ連なるメロディラインは、どこか懐かしく耳に馴染んでくる。そして、稲葉浩志が力強く伸びやかに歌い上げるボーカルに身を委ねると、そっと背中を押されるような感覚が生まれる。力強さの中にも優しさを内包していることが、この曲が持つ大きな魅力だ。そして、稲葉本人による歌詞も、この曲を特別なものにしている。
夢ならあるはずだ あなたにも僕にでも
見つかりにくいだけだ 忙しすぎて
ミエナイチカラで
だれもが強く繋がっている
誰もが自分の夢に気づいていないだけと語りかけ、肯定感で包み込むメッセージは時代や世代を超えて人々の心に刻まれてきたに違いない。春先の別れや旅立ちの季節に優しく、そして力強く寄り添うこの曲は、リリースから30年が経過した今もなお、リスナーに希望を与え続けるのだ。
ジャケットに写るピンクのギターが告げたのは、次への布石?
最後に注目したいのが、本作のジャケット写真だ。松本が抱えているのは、当時のエドワード・ヴァン・ヘイレンのシグネチャーモデルであるピンクのミュージックマンEVH。粒立ちの良いギターの歪みも、松本が敬愛するエディからの影響を想起させるけれど、ギターソロ自体はテクニカルな速弾きではなく、歌メロをなぞるメロディアスなラインで構築されているのが興味深い。エディ・ヴァン・ヘイレンへのリスペクトをサウンドの質感として滲ませつつ、B’zのポップな音像へと昇華するさまは、トップギタリストたる松本の美学だ。
B'zは、1994年のアルバム『The 7th Blues』の頃からハードロックへの深化を始めていた。そして、初期B’zサウンドの集大成ともいえる「LOVE PHANTOM」をメガヒットさせた直後、本作のジャケットでエディ・ヴァン・ヘイレンのシグネチャーモデルを掲げたことは、次からハードロックの核心を遠慮なしに突いていくという静かな布石だったのではないか。
実際、20作目のシングル「Real Thing Shakes」では、松本や稲葉が影響を受けたヴァン・ヘイレンやレッド・ツェッペリンなどを手がけてきた名プロデューサー、アンディ・ジョーンズを迎え、すべての作業をロサンゼルスで敢行。 シングルにも関わらず全編英語歌詞のアメリカンハードロック路線へと本格的に舵を切る。「ミエナイチカラ」のジャケットに写るピンクのギターには、そんなB'zの転換期を告げる予兆が、“ミエナイチカラ” のごとく宿っていたのだ。
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2026.04.06